KOBAYASHI,M.1982:小林 道夫「現代フランスにおけるデカルト研究の諸問題」
(『理想』No.589、1982年6月号、理想社、pp.66-82)
KOBAYASHI,M.1996-b:小林 道夫(解題)
「ジャン=リュック・マリオン『類比と理由律との狭間に--「自己原因」の問題--』」 (『思想』No.869所収、1996年11月号、岩波書店、pp.91-92)
MARION 1981/91:Jean-Luc Marion,《Sur la théologie blanche de Descartes》,
Quadridge/PUF,1981/1991.(『デカルトの白紙の神学について』)
MARION 1982/2002:Jean-Luc MARION,《Dieu sans l'Être》,
1re éd.Libraire Arthème Fayard,1982,2e éd,Quadrige/PUF,2002. (『存在なき神』)
MARION 1986:Jean-Luc Marion《Sur le prisme métaphysique de Descartes》,
1re édition,Épiméthée/PUF,1986.(『デカルトの形而上学のプリズムについて』)
MIKAMI 1994:三上 真司「訳者あとがき」
(ジャン=リュック・マリオン/ギイ・プランティ=ボンジュール 編/ 三上 真司・重永 哲也・檜垣 立哉 訳『現象学と形而上学』所収、法政大学出版局、1994、pp.365-375)
MURAKAMI,K.1982:村上 勝三「「疑い」と「確実性」--『省察』における」
(『理想』No.589、1982年6月号、理想社、pp.53-65)
MURAKAMI,K.1990:村上 勝三『デカルト形而上学の成立』(勁草書房、1990)
SUZUKI 1990-a:鈴木 泉
「無限の形而上学--デカルト『省察』における神の実在の第一証明による--」 (哲学会 編『西洋哲学史考』哲学雑誌、第105巻第777号、有斐閣、1990、pp.57-75)
SUZUKI 1996-a:鈴木 泉「解題・解説」(ジャン-リュック・マリオン「存在-神-論」)
(デカルト研究会 編『現代デカルト論集I フランス篇』所収、勁草書房、1996、 「第9章」pp.328-343)
SUZUKI 1996-b:鈴木 泉(「梗概」)「ジャン-リュック・マリオン「存在-神-論」」
(デカルト研究会 編『現代デカルト論集I フランス篇』所収、勁草書房、1996、 「第9章」pp.280-283)
SUZUKI 1996-c:鈴木 泉(「訳註」)(ジャン-リュック・マリオン「存在-神-論」)
(デカルト研究会 編『現代デカルト論集I フランス篇』所収、勁草書房、1996、 「第9章」pp.325-327)
TOKORO 1971/96:所 雄章『デカルトII』(勁草書房、1971初版、1996新装版)
YAMADA,H.1996-b:山田 弘明「序文--フランスにおけるデカルト研究の歴史」
(デカルト研究会 編『現代デカルト論集I フランス篇』所収、勁草書房、1996、pp.1-9)
The DEMONstration (part 2)for The Mat Mirror.
第2章:マリオンの手癖--勘違い、すれ違い
それでも、マリオンのように、「デカルトを」「今」「どう解釈するか」、ということさえ、「伝統のなかで」「問題にしている」うちは、どうや ら「西洋形而上学の」「人のように」「結局」は「思われる」(YAMADA,H.1996-b,p.9)らしい。
デカルト哲学に対する依拠について
しかし、マリオンの論文の「内容について」は、我々が「デカルトのテキストや思想に照らし合わせて」「解する」かぎり、「いきすぎではない か、といった疑問が感じられる」(KOBAYASHI,M.1996-b,p.92)。もしデカルトから「読み取られた」「ものとして」「豊かな」らば、 いったいそれは「どれだけ」「デカルト哲学」に依拠しているのか(SUZUKI 1996-a,p.339)。
*****
まず、「感覚」と「観念」の「区別を見失った」まま「デカルト哲学」を「解釈」しようとしたせいで「デカルト哲学」そのものを「見失ってい る」のはマリオンである(MURAKAMI,K.1990,p.69)。しかも、我々の「主題である」(SUZUKI 1996-c,p.325)「観念」「について」は、『デカルトの形而上学のプリズムについて』(J.-L.MARION 1986)では「論じる余地がない」(MURAKAMI,K.1990,p.281)。この『プリズム』という「探究」とは、すなわち、一応は角柱(le prisme)の形をしているとはいえ分光器(le prisme)として役立つというよりはむしろ偏見(le prisme)の塊のような探求をする「こと」であるが、そこで「用いられている」「意味において」は、いったい「どのような」「総体において」、マリオ ンの「テクスト」は、「デカルトの」「語彙」から「形而上学」になるの「か」(SUZUKI 1996-c,p.325)。
なるほど自分の「求めている」「ことを」「放棄する」「立場」にいるかぎり、「そのよう」に「考察する」「者」が「存 在」するの「に従って」、「範疇」は「存在」するのだが、それはあくまでも「デカルト」だ「からであって」、むしろ自分の「要求する」「ことを」「知られ ていない」「精神にとっては」、自分の「達していない」「領域に」、そうした範疇は「存在」するのだ(SUZUKI 1996-c,p.325)。「したがって」、何かを「新た」に「含意し」て「存在」すると、そうした「新しい」「類」として「存在」する「理由」を「排 除する」ような別の「類」が「存在」することになるのであって、これが、「デカルト」をとおした「マリオン」についての「表現」だ(SUZUKI 1996-c,p.325)。すなわち、「存続 subsistance」することを「外れて hors」いる「自我 l'ego」がある場合(MARION 1986,p.203&p.383)、「実体 substance」について、あたかも「論 -logique」じられているのが「自我 égo」であるかのように「演繹」(déduction)されると(MARION 1986,p.161&p.383)、まるで「儀礼的に protocolaire」「陳述された énoncé」り云い表されたりする「ように comme」「私が在る sum」はずだから、「私は思惟している cogito」のだ(MARION 1986,p.137&p.383)、ということになる。
となると、どうやら「議論」が「不在である」ところに「おいて」、マリオンは「デカルト」「と表記する」(SUZUKI 1996-b,p.280)ようだ。そして、「そこで反論」する「ことになる」者が、「切り札をきる」ことになるのだ(MURAKAMI,K.1982, p.54)。「形而上学」で「解任なり罷免なり」されたところによれば(MARION 1986,p.356&p.384)、むしろ「私」が「中央から外れたこと」についても、また「敗れた」のが「自我」だ、ということについても (MARION 1986,p.343&p.384)、いずれも「不確実」で「役立たず」だ、と云うのが「デカルト」のはずだ(MARION 1986,p.307&p.384)。
概念--第一の特徴--内容
「それとともに」我々が云うべきなのは、「切札」としての「役割を果たすことになる」にも拘わらず、「出所」も「由来」も「不明な」「概念」 は、「彼」マリオンのものである(MURAKAMI,K.1990,pp.205-206)、ということだ。
たとえば、 「裁量」するのが「自由」になると「或る」意味で「内的」になるというのだが、そのことと「主観的」ということとが「そのまま重なると」云われるのは、あ くまでもマリオンの「コードについて」なのであって、我々がそのように「考えることはできない」(MURAKAMI,K.1990,p.53)。また、 「自然」「的」ないし「本性」的ということと「本有的」ということとが「同じでありながら異なることになる」のも、ほかならぬマリオンにおいてであろう (ibid.)。
こうして、マリオンにおいて「原理とされた」「第一の」「特徴」は、「概念」に「帰せられる」「デカル ト」をいわば「糸として」「導き」、「その」「ため」に「獲得する」「定義」のほうを「概念」で「厳密に」して、「形而上学」を「繰り広げる」 (SUZUKI 1996-b,p.280)、ということである。たとえば、「デカルトに」よって「規定」されたのは「神」であるが、この規定のほう「を」「詳細に」「一 つずつ」「解き明かす」のは「彼」J.-L.MARION だ(MURAKAMI,K.1990,p.205)。しかし、たとえ「Marion」が「関係する」ことで「どのように」「規定」されても、その「他の 諸」々のことにおいて、「神」が〈「無限」たること〉は、すでに「検討された」(SUZUKI 1990-a,p.70)。
あろうことか、「永遠な」「真理」として「創造」するべく、マリオンは「暗号」を「調停」してしまって(MARION 1981/91,p.264&p.492)、わざわざ「ガリレイ」でもって「デカルト」を「科学」として「一義的」にし(MARION 1981/91,p.203&p.492)、「メルセンヌ」でもって「デカルト」をあたかも「永遠なもの」なるかの如く「命名し」ているが、どう やらマリオンにしてみれば、こうしておけば、たぶん「あなたがたが」それを「数学」において「真理」にしてくれるはずだ(MARION 1981/91,p.161&p.492)、ということらしい。このように「最初 premier」であるが「ゆえに donc」「本質的でない inessentiel」「名称 Le nom」(MARION 1982/2002,p.5&p.148)が「存在している être」せいで、「相違なき」(L'indifférence)まま無差別に(MARION 1982/2002,p.5&p.124)、その名称は「存在論」において(ontologique)、いわば「抵当 L'hypothéque」のようになってしまった(MARION 1982/2002,p.5&p.91)。
また、マリオンにとって「あくまで」「主題」なのは、「妥当性」を「現在に」おいて「概念」化すると「現象学」になる、ということだ(MIKAMI 1994,p.365)。
*****
なお、「本稿」で「少し」だけ「明らかにして」いること「について」は、「〈無限性〉と」も「〈完全性〉と」も「関係」「はない」かもしれな い(SUZUKI 1990-a,p.72)。「ただ」、「余裕」があれば、「検討する」し(SUZUKI 1990-a,p.72)、少なくとも「参照されたい」ところを我々が「解説」するにあたっては、勿論「内容」の「ある」「概念」を「導入した」 (SUZUKI 1996-c,p.326)。
テーゼ--解釈
「三つのテーゼが」「要求される」のは、やはり「マリオンによって」である(MURAKAMI,K.1990,p.205)。そして、「この三つのテー ゼ」があたかも「デカルトに」よって「突然」に「導入」されたかのごとき「観を呈する」のも、「解釈」しているのが「彼」マリオンだからである (ibid.)。
結局、我々の「理解」する「著作」に対して、「マリオン」が「提出する」のは「テーゼ」なのであって、このことが「一貫した」ものである(SUZUKI 1996-b,p.280)。
*****
たとえば、てっきり1630年の「思索」のほうに『宇宙論』やら『方法序説と三試論と』やら『哲学の原理』やらの「記述を付加価値として積み 重ねることに」よるしかないと思い込んだ挙げ句、あたかも〈永遠真理創造説〉の「核心」が〈本有性〉「にある」かのごとく「解釈」したのも、マリオンだ (MURAKAMI,K.1990,p.50)。
このように、「簡単に」「特色」づけては「解釈史的」にする、という仕 方で「デカルト」をも「解釈」しようとするのが、「マリオン」である(SUZUKI 1996-a,p.338)。よって、マリオンの書いた「解釈上の細部は」ぜひ「読み飛ばして下さい」(MURAKAMI,K.1990,p.292)。
でっちあげ永遠真理説--おまけの師匠--ついでにハイデガー
そもそも「マリオンによって」「テクスト」が「表示されている」(MURAKAMI,K.1990,p.54)という、このことが「既に」 「所謂〈永遠真理創造説〉に関連する」(ibid.)のであって、まるで〈永遠真理創造説〉が「デカルト哲学全体の要諦をなす」かのような「説」を唱えた のも、1981年のマリオンだった(MURAKAMI,K.1990,p.3)。すなわち、おそらく「問いにおいて」も「基礎」というものがあり (MARION 1981/91,p.347&p.492)、その「基礎」が「当人に」到るまでに、もし「科学」から(MARION 1981/91,p.231&p.492)「永遠なもの」があれば、それを「真理」として「創造」してしまおうとしたのはマリオンであり、そのマ リオンによると、そうすれば、それ「に応じて」「デカルト」が「探求されて」「基礎」づけられるはずだ(MARION 1981/91,p.229&p.492)、ということである。
マリオンにしてみれば、なるほど「デカルト」の1629年までを「デカルト形而上学の鍵」とするかぎり、「説」さえ「創 造」すれば「真理」としてそれを「永遠」にすることができるはずだ、ということで、この「こと」を云って「繋がる」といわば「線に」なる、というわけだ (SUZUKI 1996-a,p.338)。そして、こともあろうに、マリオンは「ジルソン」と「アルキエ」を「直接の師」として「位置づける」うえ、「敢えて」「マリ オン」自身のなかの「解釈史」を「デカルト」にした挙げ句、「フランス」圏には「ない」こと「までも」云う(ibid.)。これはなかなか「濃厚である」 が、ともかく、その「影響」で「思索」すると「存在史」になったということで、マリオンは「ハイデガー」に「触れておく」(ibid.)ことにしたよう だ。
アルキエの限界
しかし、いくら「ソルボンヌにおいて」「アルキエ」、「ベサード」、「ブランシュヴィック」の「助手」として「勤めた」のがマリオンだったとはいえ (SUZUKI 1996-a,p.340)、「残念ながら」(ibid.)、「アルキエ」の「引き出す」「デカルト」像からは、「重要」な「次元」が「把握」でき「な い」(SUZUKI 1996-a,p.338)。そもそもアルキエの「留まっていた」「平面」を「対象」としていたのが「デカルト」だったし、アルキエが「合理」的に「重 視」「したことを」すでに「発見」して「形而上学」にしたのも、そしてその「次元」で「存在」を「大文字」にするが如く「それを超える」のも、1629年 頃の「デカルト」だった(ibid.)。
形而上学
なるほど、「デカルトが」「問題にしていることに特に留意して」、「これ」が「ライプニッツ」を「先取するものと解する」のは、「彼」マリオンである (KOBAYASHI,M.1996-b,p.92)。但し、「この事態が」「重大」なのは、あくまでも「マリオンにとって」なのである(ibid.)。 なぜなら、「このことによって」、「形而上学」が「完成されることになる」と、「構成」が「存在-神-論的」になるからである(ibid.)。だからこ そ、「このことの意味がさらに追求される」のだ(ibid.)。
といっても、マリオンの場合、「ここに」「選び」「仮説 として」「作業した」「モデル」が「形而上学と」「名づけられた」(SUZUKI 1996-a,p.333)にすぎない。何しろ、マリオンによって「選択」された「文献」でもってできた(MARION 1981/91,p.457&p.492)「隔たり」も「形而上学」も(p.455&p.492)、マリオンという「自己」に「原因」が あるのだ(p.427&p.492)。
さて、そのマリオンなりの「形而上学 la métaphysique」で「解任なり罷免なり la destitution」されたものから(MARION 1986,p.356&p.384)、まだ「決定されていない indéterminée」「問い question」が「一つ une」(MARION 1986,p.9&p.383)ある。すなわち、「ポワチエ大学教授(1981-1988)」、「パリ第十大学(ナンテール校)教授(1988- 1995)」を「経て」「パリ第四大学(ソルボンヌ校)」で「形而上学」についての「講座」を「教授」するマリオン(SUZUKI 1996-a,p.340)をよそに、「哲学」において「デカルトの」「同時代人として」「我々」が「生きる」「時代に」は、「黄昏」のなかで「形而上 学」が「まさに」「明確化されている」(SUZUKI 1996-a,p.338)はずだ。そこへ「ただちに」「向かうべき」なのは我々であり、「もはや」「形而上学」の「根たるべき」「樹」は、まるで「一 本」(TOKORO 1971/96,p.83)に「なっている」「かのように」「定められている」(TOKORO 1971/96,p.3)。
*****
少なくとも、我々が「デカルト」でもって「最終的に」「超出する」と、マリオンなりの「形而上学」によって「審級」の「別」「なしに」なされ る「暴力」の「ような」ものは、「解任」される(SUZUKI 1996-a,p.335)ことになるだろう。すなわち、マリオンなりの「形而上学 la métaphysique」で「解任なり罷免なり la destitution」されたものから(MARION 1986,p.356&p.384)、「違反 transgression」「として comme」みなされるべきのは、むしろマリオンのその「形而上学」のほうなのだ(MARION 1986,p.14&p.383)。
ハイデガー
さて、ハイデガーの「述語を」「デカルト解釈に対して」「使う」のを「嫌わない」のは、せいぜいマリオンくらいだろう(KOBAYASHI,M.1982,p.78)。
もしマリオンに対してハイデガーの「もたらした」のが「稔り」ならば、マリオンは、それを「解釈」して「再」び「モデル」を「理論」化すると いう〈構成〉で〈論〉じたところ〈神〉の〈存在〉から〈形而上学〉が「与えられた」とすることに「よって」、いったい「どれだけ」「ハイデガー」を「軸 に」しているのか(SUZUKI 1996-a,p.339)。
試みに我々がマリオンの「構成」を「論」じると、「神」の「存在」によって、却って「ハイデガー」の「論」じる「神」が「存在」する(SUZUKI 1996-a,p.333)ことになるはずだ。
となるとむしろ、「モデル」を「理論」化するという〈構成〉で〈論〉じて〈神〉の〈存在〉から〈形而上学〉が「与えられた」とすることに 「よって」、「ハイデガー」を「導入する」と、却って「仮説」だけで「作業」する「マリオンが」「素描され」て「断片的に」なるという「可能性」もあるの だ(SUZUKI 1996-b,p.282)。
*****
このように、もし「専門家を自任しておられる方が」「害をこうむる」とすれば、それはそういう方が「生半可な読み方をなさる」からである(MURAKAMI,K.1990,p.292)。
produced by K.-m. as the SHYNAMITES. 初出:"What a cool believes"(blog),Oct. 21,2006.
KOBAYASHI,M.1996-b:小林 道夫(解題)
MARION 1981/91:Jean-Luc Marion,《Sur la théologie blanche de Descartes》,
MARION 1982/2002:Jean-Luc MARION,《Dieu sans l'Être》,
MARION 1986:Jean-Luc Marion《Sur le prisme métaphysique de Descartes》,
MIKAMI 1994:三上 真司「訳者あとがき」
MURAKAMI,K.1982:村上 勝三「「疑い」と「確実性」--『省察』における」
MURAKAMI,K.1990:村上 勝三『デカルト形而上学の成立』(勁草書房、1990)
SUZUKI 1990-a:鈴木 泉
SUZUKI 1996-a:鈴木 泉「解題・解説」(ジャン-リュック・マリオン「存在-神-論」)
SUZUKI 1996-b:鈴木 泉(「梗概」)「ジャン-リュック・マリオン「存在-神-論」」
SUZUKI 1996-c:鈴木 泉(「訳註」)(ジャン-リュック・マリオン「存在-神-論」)
TOKORO 1971/96:所 雄章『デカルトII』(勁草書房、1971初版、1996新装版)
YAMADA,H.1996-b:山田 弘明「序文--フランスにおけるデカルト研究の歴史」
The DEMONstration (part 2)
第2章:マリオンの手癖--勘違い、すれ違い
それでも、マリオンのように、「デカルトを」「今」「どう解釈するか」、ということさえ、「伝統のなかで」「問題にしている」うちは、どうや ら「西洋形而上学の」「人のように」「結局」は「思われる」(YAMADA,H.1996-b,p.9)らしい。
しかし、マリオンの論文の「内容について」は、我々が「デカルトのテキストや思想に照らし合わせて」「解する」かぎり、「いきすぎではない か、といった疑問が感じられる」(KOBAYASHI,M.1996-b,p.92)。もしデカルトから「読み取られた」「ものとして」「豊かな」らば、 いったいそれは「どれだけ」「デカルト哲学」に依拠しているのか(SUZUKI 1996-a,p.339)。
まず、「感覚」と「観念」の「区別を見失った」まま「デカルト哲学」を「解釈」しようとしたせいで「デカルト哲学」そのものを「見失ってい る」のはマリオンである(MURAKAMI,K.1990,p.69)。しかも、我々の「主題である」(SUZUKI 1996-c,p.325)「観念」「について」は、『デカルトの形而上学のプリズムについて』(J.-L.MARION 1986)では「論じる余地がない」(MURAKAMI,K.1990,p.281)。この『プリズム』という「探究」とは、すなわち、一応は角柱(le prisme)の形をしているとはいえ分光器(le prisme)として役立つというよりはむしろ偏見(le prisme)の塊のような探求をする「こと」であるが、そこで「用いられている」「意味において」は、いったい「どのような」「総体において」、マリオ ンの「テクスト」は、「デカルトの」「語彙」から「形而上学」になるの「か」(SUZUKI 1996-c,p.325)。
なるほど自分の「求めている」「ことを」「放棄する」「立場」にいるかぎり、「そのよう」に「考察する」「者」が「存 在」するの「に従って」、「範疇」は「存在」するのだが、それはあくまでも「デカルト」だ「からであって」、むしろ自分の「要求する」「ことを」「知られ ていない」「精神にとっては」、自分の「達していない」「領域に」、そうした範疇は「存在」するのだ(SUZUKI 1996-c,p.325)。「したがって」、何かを「新た」に「含意し」て「存在」すると、そうした「新しい」「類」として「存在」する「理由」を「排 除する」ような別の「類」が「存在」することになるのであって、これが、「デカルト」をとおした「マリオン」についての「表現」だ(SUZUKI 1996-c,p.325)。すなわち、「存続 subsistance」することを「外れて hors」いる「自我 l'ego」がある場合(MARION 1986,p.203&p.383)、「実体 substance」について、あたかも「論 -logique」じられているのが「自我 égo」であるかのように「演繹」(déduction)されると(MARION 1986,p.161&p.383)、まるで「儀礼的に protocolaire」「陳述された énoncé」り云い表されたりする「ように comme」「私が在る sum」はずだから、「私は思惟している cogito」のだ(MARION 1986,p.137&p.383)、ということになる。
となると、どうやら「議論」が「不在である」ところに「おいて」、マリオンは「デカルト」「と表記する」(SUZUKI 1996-b,p.280)ようだ。そして、「そこで反論」する「ことになる」者が、「切り札をきる」ことになるのだ(MURAKAMI,K.1982, p.54)。「形而上学」で「解任なり罷免なり」されたところによれば(MARION 1986,p.356&p.384)、むしろ「私」が「中央から外れたこと」についても、また「敗れた」のが「自我」だ、ということについても (MARION 1986,p.343&p.384)、いずれも「不確実」で「役立たず」だ、と云うのが「デカルト」のはずだ(MARION 1986,p.307&p.384)。
「それとともに」我々が云うべきなのは、「切札」としての「役割を果たすことになる」にも拘わらず、「出所」も「由来」も「不明な」「概念」 は、「彼」マリオンのものである(MURAKAMI,K.1990,pp.205-206)、ということだ。
たとえば、 「裁量」するのが「自由」になると「或る」意味で「内的」になるというのだが、そのことと「主観的」ということとが「そのまま重なると」云われるのは、あ くまでもマリオンの「コードについて」なのであって、我々がそのように「考えることはできない」(MURAKAMI,K.1990,p.53)。また、 「自然」「的」ないし「本性」的ということと「本有的」ということとが「同じでありながら異なることになる」のも、ほかならぬマリオンにおいてであろう (ibid.)。
こうして、マリオンにおいて「原理とされた」「第一の」「特徴」は、「概念」に「帰せられる」「デカル ト」をいわば「糸として」「導き」、「その」「ため」に「獲得する」「定義」のほうを「概念」で「厳密に」して、「形而上学」を「繰り広げる」 (SUZUKI 1996-b,p.280)、ということである。たとえば、「デカルトに」よって「規定」されたのは「神」であるが、この規定のほう「を」「詳細に」「一 つずつ」「解き明かす」のは「彼」J.-L.MARION だ(MURAKAMI,K.1990,p.205)。しかし、たとえ「Marion」が「関係する」ことで「どのように」「規定」されても、その「他の 諸」々のことにおいて、「神」が〈「無限」たること〉は、すでに「検討された」(SUZUKI 1990-a,p.70)。
あろうことか、「永遠な」「真理」として「創造」するべく、マリオンは「暗号」を「調停」してしまって(MARION 1981/91,p.264&p.492)、わざわざ「ガリレイ」でもって「デカルト」を「科学」として「一義的」にし(MARION 1981/91,p.203&p.492)、「メルセンヌ」でもって「デカルト」をあたかも「永遠なもの」なるかの如く「命名し」ているが、どう やらマリオンにしてみれば、こうしておけば、たぶん「あなたがたが」それを「数学」において「真理」にしてくれるはずだ(MARION 1981/91,p.161&p.492)、ということらしい。このように「最初 premier」であるが「ゆえに donc」「本質的でない inessentiel」「名称 Le nom」(MARION 1982/2002,p.5&p.148)が「存在している être」せいで、「相違なき」(L'indifférence)まま無差別に(MARION 1982/2002,p.5&p.124)、その名称は「存在論」において(ontologique)、いわば「抵当 L'hypothéque」のようになってしまった(MARION 1982/2002,p.5&p.91)。
また、マリオンにとって「あくまで」「主題」なのは、「妥当性」を「現在に」おいて「概念」化すると「現象学」になる、ということだ(MIKAMI 1994,p.365)。
なお、「本稿」で「少し」だけ「明らかにして」いること「について」は、「〈無限性〉と」も「〈完全性〉と」も「関係」「はない」かもしれな い(SUZUKI 1990-a,p.72)。「ただ」、「余裕」があれば、「検討する」し(SUZUKI 1990-a,p.72)、少なくとも「参照されたい」ところを我々が「解説」するにあたっては、勿論「内容」の「ある」「概念」を「導入した」 (SUZUKI 1996-c,p.326)。
「三つのテーゼが」「要求される」のは、やはり「マリオンによって」である(MURAKAMI,K.1990,p.205)。そして、「この三つのテー ゼ」があたかも「デカルトに」よって「突然」に「導入」されたかのごとき「観を呈する」のも、「解釈」しているのが「彼」マリオンだからである (ibid.)。
結局、我々の「理解」する「著作」に対して、「マリオン」が「提出する」のは「テーゼ」なのであって、このことが「一貫した」ものである(SUZUKI 1996-b,p.280)。
たとえば、てっきり1630年の「思索」のほうに『宇宙論』やら『方法序説と三試論と』やら『哲学の原理』やらの「記述を付加価値として積み 重ねることに」よるしかないと思い込んだ挙げ句、あたかも〈永遠真理創造説〉の「核心」が〈本有性〉「にある」かのごとく「解釈」したのも、マリオンだ (MURAKAMI,K.1990,p.50)。
このように、「簡単に」「特色」づけては「解釈史的」にする、という仕 方で「デカルト」をも「解釈」しようとするのが、「マリオン」である(SUZUKI 1996-a,p.338)。よって、マリオンの書いた「解釈上の細部は」ぜひ「読み飛ばして下さい」(MURAKAMI,K.1990,p.292)。
そもそも「マリオンによって」「テクスト」が「表示されている」(MURAKAMI,K.1990,p.54)という、このことが「既に」 「所謂〈永遠真理創造説〉に関連する」(ibid.)のであって、まるで〈永遠真理創造説〉が「デカルト哲学全体の要諦をなす」かのような「説」を唱えた のも、1981年のマリオンだった(MURAKAMI,K.1990,p.3)。すなわち、おそらく「問いにおいて」も「基礎」というものがあり (MARION 1981/91,p.347&p.492)、その「基礎」が「当人に」到るまでに、もし「科学」から(MARION 1981/91,p.231&p.492)「永遠なもの」があれば、それを「真理」として「創造」してしまおうとしたのはマリオンであり、そのマ リオンによると、そうすれば、それ「に応じて」「デカルト」が「探求されて」「基礎」づけられるはずだ(MARION 1981/91,p.229&p.492)、ということである。
マリオンにしてみれば、なるほど「デカルト」の1629年までを「デカルト形而上学の鍵」とするかぎり、「説」さえ「創 造」すれば「真理」としてそれを「永遠」にすることができるはずだ、ということで、この「こと」を云って「繋がる」といわば「線に」なる、というわけだ (SUZUKI 1996-a,p.338)。そして、こともあろうに、マリオンは「ジルソン」と「アルキエ」を「直接の師」として「位置づける」うえ、「敢えて」「マリ オン」自身のなかの「解釈史」を「デカルト」にした挙げ句、「フランス」圏には「ない」こと「までも」云う(ibid.)。これはなかなか「濃厚である」 が、ともかく、その「影響」で「思索」すると「存在史」になったということで、マリオンは「ハイデガー」に「触れておく」(ibid.)ことにしたよう だ。
しかし、いくら「ソルボンヌにおいて」「アルキエ」、「ベサード」、「ブランシュヴィック」の「助手」として「勤めた」のがマリオンだったとはいえ (SUZUKI 1996-a,p.340)、「残念ながら」(ibid.)、「アルキエ」の「引き出す」「デカルト」像からは、「重要」な「次元」が「把握」でき「な い」(SUZUKI 1996-a,p.338)。そもそもアルキエの「留まっていた」「平面」を「対象」としていたのが「デカルト」だったし、アルキエが「合理」的に「重 視」「したことを」すでに「発見」して「形而上学」にしたのも、そしてその「次元」で「存在」を「大文字」にするが如く「それを超える」のも、1629年 頃の「デカルト」だった(ibid.)。
なるほど、「デカルトが」「問題にしていることに特に留意して」、「これ」が「ライプニッツ」を「先取するものと解する」のは、「彼」マリオンである (KOBAYASHI,M.1996-b,p.92)。但し、「この事態が」「重大」なのは、あくまでも「マリオンにとって」なのである(ibid.)。 なぜなら、「このことによって」、「形而上学」が「完成されることになる」と、「構成」が「存在-神-論的」になるからである(ibid.)。だからこ そ、「このことの意味がさらに追求される」のだ(ibid.)。
といっても、マリオンの場合、「ここに」「選び」「仮説 として」「作業した」「モデル」が「形而上学と」「名づけられた」(SUZUKI 1996-a,p.333)にすぎない。何しろ、マリオンによって「選択」された「文献」でもってできた(MARION 1981/91,p.457&p.492)「隔たり」も「形而上学」も(p.455&p.492)、マリオンという「自己」に「原因」が あるのだ(p.427&p.492)。
さて、そのマリオンなりの「形而上学 la métaphysique」で「解任なり罷免なり la destitution」されたものから(MARION 1986,p.356&p.384)、まだ「決定されていない indéterminée」「問い question」が「一つ une」(MARION 1986,p.9&p.383)ある。すなわち、「ポワチエ大学教授(1981-1988)」、「パリ第十大学(ナンテール校)教授(1988- 1995)」を「経て」「パリ第四大学(ソルボンヌ校)」で「形而上学」についての「講座」を「教授」するマリオン(SUZUKI 1996-a,p.340)をよそに、「哲学」において「デカルトの」「同時代人として」「我々」が「生きる」「時代に」は、「黄昏」のなかで「形而上 学」が「まさに」「明確化されている」(SUZUKI 1996-a,p.338)はずだ。そこへ「ただちに」「向かうべき」なのは我々であり、「もはや」「形而上学」の「根たるべき」「樹」は、まるで「一 本」(TOKORO 1971/96,p.83)に「なっている」「かのように」「定められている」(TOKORO 1971/96,p.3)。
少なくとも、我々が「デカルト」でもって「最終的に」「超出する」と、マリオンなりの「形而上学」によって「審級」の「別」「なしに」なされ る「暴力」の「ような」ものは、「解任」される(SUZUKI 1996-a,p.335)ことになるだろう。すなわち、マリオンなりの「形而上学 la métaphysique」で「解任なり罷免なり la destitution」されたものから(MARION 1986,p.356&p.384)、「違反 transgression」「として comme」みなされるべきのは、むしろマリオンのその「形而上学」のほうなのだ(MARION 1986,p.14&p.383)。
さて、ハイデガーの「述語を」「デカルト解釈に対して」「使う」のを「嫌わない」のは、せいぜいマリオンくらいだろう(KOBAYASHI,M.1982,p.78)。
もしマリオンに対してハイデガーの「もたらした」のが「稔り」ならば、マリオンは、それを「解釈」して「再」び「モデル」を「理論」化すると いう〈構成〉で〈論〉じたところ〈神〉の〈存在〉から〈形而上学〉が「与えられた」とすることに「よって」、いったい「どれだけ」「ハイデガー」を「軸 に」しているのか(SUZUKI 1996-a,p.339)。
試みに我々がマリオンの「構成」を「論」じると、「神」の「存在」によって、却って「ハイデガー」の「論」じる「神」が「存在」する(SUZUKI 1996-a,p.333)ことになるはずだ。
となるとむしろ、「モデル」を「理論」化するという〈構成〉で〈論〉じて〈神〉の〈存在〉から〈形而上学〉が「与えられた」とすることに 「よって」、「ハイデガー」を「導入する」と、却って「仮説」だけで「作業」する「マリオンが」「素描され」て「断片的に」なるという「可能性」もあるの だ(SUZUKI 1996-b,p.282)。
このように、もし「専門家を自任しておられる方が」「害をこうむる」とすれば、それはそういう方が「生半可な読み方をなさる」からである(MURAKAMI,K.1990,p.292)。