IIDA 1998:飯田 隆「悪霊とマッド・サイエンティスト」
(湯川 佳一郎・小林 道夫 編『デカルト読本』所収、法政大学出版局、1998、pp.249-260)
KATSURA 1982:桂 壽一「デカルトとの出会い」
(『理想』No.589、1982年6月号、理想社、pp.83-85)
KOBAYASHI,M.1996-b:小林 道夫(解題)
「ジャン=リュック・マリオン『類比と理由律との狭間に--「自己原因」の問題--』」 (『思想』No.869所収、1996年11月号、岩波書店、pp.91-92)
MARION 1981/91:Jean-Luc Marion,《Sur la théologie blanche de Descartes》,
Quadridge/PUF,1981/1991.(『デカルトの白紙の神学について』)
MARION 1982/2002:Jean-Luc MARION,《Dieu sans l'Être》,
1re éd.Libraire Arthème Fayard,1982,2e éd,Quadrige/PUF,2002. (『存在なき神』)
MARION 1986:Jean-Luc Marion《Sur le prisme métaphysique de Descartes》,
1re édition,Épiméthée/PUF,1986.(『デカルトの形而上学のプリズムについて』)
MIKAMI 1994:三上 真司「訳者あとがき」
(ジャン=リュック・マリオン/ギイ・プランティ=ボンジュール 編/ 三上 真司・重永 哲也・檜垣 立哉 訳『現象学と形而上学』所収、法政大学出版局、1994、pp.365-375)
MURAKAMI,K.1979/2004:村上 勝三「科学の光・光の科学」
(村上 勝三『観念と存在 デカルト研究1』所収、知泉書館、2004、pp.21-40、 初出:日本ブリタニカ『レンズ・マジック』、1979、pp.61-74)
MURAKAMI,K.1990:村上 勝三『デカルト形而上学の成立』(勁草書房、1990)
MURAKAMI,K.1996-a:村上 勝三「序文--日本におけるデカルト研究」
(デカルト研究会 編『現代デカルト論集III 日本篇』所収、勁草書房、1996、pp.1-9)
NEI 1982:根井 豊「デカルトにおける知の成立地平--『精神指導の規則』を中心にして」
(『理想』No.589、1982年6月号、理想社、pp.41-52)
SAITOH,Y.2003:斎藤 慶典『シリーズ 哲学のエッセンス デカルト 「われ思う」のは誰か』
(日本放送出版協会、2003)
SAKAI,A.1980/96:坂井 昭宏「デカルトの二元論--心身分離と心身結合の同時的存立について」
(デカルト研究会 編『現代デカルト論集III 日本篇』所収、勁草書房、1996、 「第一部」pp.59-90、 初出:『千葉大学教養部研究報告A』No.13、1980)
SASAKI,M.1985:佐々木 周
「テキスト・データベース“RENE"の公開と今後のデータベース構築について」 (『理想』No.628所収、1985年9月号、理想社、pp.230-232)
SUZUKI 1990-a:鈴木 泉
「無限の形而上学--デカルト『省察』における神の実在の第一証明による--」 (哲学会 編『西洋哲学史考』哲学雑誌、第105巻第777号、有斐閣、1990、pp.57-75)
SUZUKI 1996-a:鈴木 泉「解題・解説」(ジャン-リュック・マリオン「存在-神-論」)
(デカルト研究会 編『現代デカルト論集I フランス篇』所収、勁草書房、1996、 「第9章」pp.328-343)
SUZUKI 1996-b:鈴木 泉(「梗概」)「ジャン-リュック・マリオン「存在-神-論」」
(デカルト研究会 編『現代デカルト論集I フランス篇』所収、勁草書房、1996、 「第9章」pp.280-283)
TAKEDA 1965/76:竹田 篤司『デカルトの青春--思想と実生活--』(勁草書房、1965初版、1976新装版)
TOKORO 1991:所 雄章「解題=訳者あとがき デカルト『省察』」
(三宅 徳嘉・小池 健男・所 雄章 訳『デカルト 方法序説/省察』所収、白水社イデー選書、1991、 pp.254-262)
TOYOOKA 2006:豊岡 めぐみ「デカルト『省察』における「第六省察」の位置づけ」
(法政大学大学院 編『大学院紀要』No.56所収、2006、pp.17-31)
The DEMONstration (part 4)for The Mat Mirror.
第4章:君が悪い/気味が悪い
哲学史--悪魔に対して悪魔で応じる
勿論、「論 -LOGIE」じられた「神 THÉO-」は「存在 ONTO-」するのであって、「聖トマス・アクィナス SAINT THOMAS D'AQUIN」が(MARION 1982/2002,p.6&p.279)「与えること LE DON」は、「現在 LE PRÉSENT」においても(MARION 1982/2002,p.6&p.225)、「存在 L'ÊTRE」するが、ここで「交差 LA CROISÉE」するのは(MARION 1982/2002,p.5&p.81)「図像 L'ICÔNE」と「偶像 L'IDOLE」だ(MARION 1982/2002,p.5&p.15)。
そして、このように「二重にされた」まま「論」じられた「神」が「存在」するかぎり、「一つの」(MARION 1986,p.126&p.383)「原因」になる。すなわち、「存在しつつあること」がまた「存在」する、ということ「について」は、「発言」されたうちの「第二の」(MARION 1986,p.111&p.383)「自己」のほうが「原因」になる、という「原理」だ(MARION 1986,p.88&p.383)。
*****
マリオンがデカルトという「これほど」「豊饒」な「モデル」でもって「存在-神-論」を「位置」づけるかぎり、「哲学」としての「デカルト」という「総体に」おいて、「歴史」というものが「形而上学」で「示されている」のであって、なるほどこの点は「独創性が」「深い」(SUZUKI 1996-a,p.338)。そして「その」「点」を「定式」と「する」と、「再」び「存在-神-論」が「二重化され」て「示される」(SUZUKI 1996-a,pp.337-338)。
*****
なるほど、「二重にされた」まま「論」じられた「神」が「存在」するかぎり、「一つの」(MARION 1986,p.126&p.383)「思惟」になる。すなわち、「存在しつつあること」がまた「存在」するということ「について」は、「発言」されたうちの「第一」に(MARION
1986,p.111&p.383)「論」じられた「存在」のほうが、「虚無」として「一つ」になる(MARION 1986,p.88&p.383)。
しかし「論 -LOGIE」じられた「神 THÉO-」は「存在 ONTO-」するのであって、「聖トマス・アクィナス SAINT THOMAS D'AQUIN」の(MARION 1982/2002,p.6&p.279)「厳しさ」(LA RIGUEUR)を「最後」(DERNIÈRE)に(MARION 1982/2002,p.6&p.259)、「神学 LA THÉOLOGIE」における「聖体の秘跡」(LE SITE EUCHARISTIQUE)について(MARION 1982/2002,p.6&p.197)「虚栄 LA VANETÉ」を「裏 L'ENVERS」返して(MARION 1982/2002,p.6&p.157)溺愛したり崇拝したりすると、偶像としては(LA IDOLÂTRIE)「二重 DOUBLE」になる(MARION 1982/2002,p.5&p.39)、というだけのことだ。
*****
では、我々が「捉える」と、「哲学と哲学史」とは、「どう」いう「関係」になる「か」(IIDA 1998,p.249)。
そもそも「哲学史」のほうが「常識に反して」おり、「またそれゆえ、いかに新奇に思われる」かを、「主張する」のが、「本論」だ(SAKAI,A.1980/96,p.69)。ところで、「フランスに」おいてマリオンの「存在」が「代表的」になる「集団」のなかではマリオンのことを「哲学者」「とでも」云う「べき」なのだろうが、いわば〈エピメテ・グループ〉においてマリオンが「フランス」で1996年「現在」、「主幹として」「編集」するのは「エピメテ叢書」であり、これはひときわ「目立つ」(ibid.)。そこにおいては、どうやら「マリオン」「こそが重要である」らしく、そのことを「与える」と「尊厳」でもって「行為」するので「哲学的」になるのだそうだが、何とこれが「本来」の「哲学史に」「描かれるわけである」
(SUZUKI 1996-a,p.338)。
いずれにせよ、「歴史」そのものや「それを動かす人間のもつ」「本質」は「悪魔的」だ(TAKEDA 1965/76,p.56)。
研究法
たとえば「戦後のフランスの哲学界を絶えず領導してきた」のは「ハイデガー哲学」だが、これに限らず、たいてい「現場に」おいては、「容易に人を寄せつけない晦渋に満ちていながら」その「全貌が明らかになりつつある」ものだ(MIKAMI 1994,p.367)。なにも「ハイデガー解釈」や「現象学解釈」に限らず、「過去」についての「清算を」我々が「ここに」「感じとらないで済ますことは難しい」(MIKAMI 1994,p.367)。その一方で勿論、我々においてもそうであって、「集中力」と「緊張」でもって「精神的」に強くなったのも、「現場」が「生々しい」からこそである(SAITOH,Y.2003,p.122)。そういう「自負心があれば」、我々がみずから「立ち合っている」のも「自然なこと」だから、「大言壮語は」「むしろ」「少しばかり」なの「かもしれない」(MIKAMI 1994,p.367)。
我々に「できると思われる」「こと」をみずから得る「ため」に「見通し」たうえで我々が「捉える」ところによれば、なるほど我々は「正しく」「論じている」ことにな
るが、はたしてそれは「何のため」になるのか、「また」それはいったい「何」「において」なの「か」(NEI 1982,p.51)。
たとえば、自分に「出来る」「こと」でもって「分ける」と「領域」が「三つ」になったので「思索」した、というところは、いかにも「ジャン-リュック・マリオン」(SUZUKI 1996-a,p.328)らしい。
とはいえ「マリオン」が「神学」の「中で」「取っている」「戦略」は、結局のところ「同じ」だし、「運動」して「一般」化するのも「同じ」だ(SUZUKI 1996-a,p.337)。のみならず、マリオンの「いずれ」の「研究」も、「現象学」、「哲学史」、「神学」によるものである(ibid.)。したがって、「より整ったもの」がいくら「加筆され」たとはいえ、また、「反論」に対していくら「批判」が「向けられた」とはいえ(SUZUKI 1996-a,p.339)、「そんなところは読み飛ばして下さい」(MURAKAMI,K.1990,p.292)。なぜなら、そもそも「創造」するという「神の」「活動」は「様々な」のであって、そのような多様さは「〈私〉」において「明らかにされねばならない」(SUZUKI 1990-a,p.73)からである。
もし一方で、「難問が次々に襲ってくることに」なりながらも(MURAKAMI,K.1979/2004,p.34)、
だからといって他方で、「突然重くなるわけにはいかない」ということであれば(MURAKAMI,K.1979/2004,p.33)、我々はその「理由を、さらに説明せねばならない」のだが、ここでもし「力」「だけが」「何らの外的原因もなしに」「増大していく」「羽目に陥る」ならば、我々は「この説明において」「破綻をきたす」ことになるのであって、これはなにも「スコラ自然学」に限ったことではない(MURAKAMI,K.1979/2004,pp.33-34)。
なるほど、いかにも「憂鬱 Melancholia」(MARION 1982/2002,p.6&p.188)だという「虚栄について des vanités」、さらに「虚栄 Vanité」なり見栄なり(MARION 1982/2002,p.6&p.171)があると、「保留されている Suspens」ので不安に(MARION 1982/2002,p.6&p.158)なるのが我々だ。しかし、とりわけ「不幸」の「多くを」「歴史に」おいて「負って」いる「もの」は、「自力では」如何とも「しがたい」という点で、「非人間的」であり、「いわば」悪魔的だ(TAKEDA 1965/76,p.56)。おそらく「その意味で」の「動因」が「マリオンを」も突き「動かしている」のだろうが、残念ながら、そんなマリオンの「見かけよりもはるかに」「実証的な」のは、むしろ「文献」のほうである(MIKAMI 1994,p.367)。そういえば「選択」された「文献」でもって(MARION 1981/91,p.457&p.492)マリオンによって「白紙」にされたのが「神学」であった(p.444&p.492)。のみならず、「選択」された「文献」でもってできた(MARION 1981/91,p.457&p.492)「隔たり」も「形而上学」も(MARION 1981/91,p.455&p.492)、マリオンという「自己」に「原因」があるのだった。
それよりも、「すでに」自分で「できる」ことについて「何かを」云うにあたって、「はじめて」「目を通した」もののうちで「主要なもの」があれば、我々は「それら」でもって「専門家」になる(SAITOH,Y.2003,p.125)つもりだ。つまりこれは、我々からすれ
ば、自分の「思う」とおりに「出来る」と「断言」する「ということ」「である」(SUZUKI
1996-a,p.340)。何しろ、「言葉」で我々「自身」が「マリオン」を「開いている」「地平」のほうが、「全く新しい」(SUZUKI 1996-a,p.337)はずだ。となると、むしろ「研究において」は、「哲学史」「のみならず」、「デカルト研究」の「中心に位置する」(ibid.)のは我々なのだ。我々が留まろうとするとき、「享受」されるのは、〈「無限」なこと〉であり「絶対的な」のは「今」「である」(SUZUKI 1990-a,p.73)。
そして、このように「幸福であり満足であることは」、決して「歴史を」顧みさせない(TAKEDA 1965/76,p.55)。
総括--使えない奴/仕えない奴
「現在における」、という「このこと」を「とりわけ」「強調」する「点に」ついて「複数の意味合いを込めている」のは「マリオン」の「はずである」(MIKAMI 1994,p.366)。しかし「それ」が「また他方で」我々に対して「誘発する」「感慨」は、「マリオンの意図することとはまったく別」である(ibid.)。何しろ、「現在」とはいえ、「かなり以前から準備されていた」(MIKAMI 1994,pp.369-370)「わけである」が、「ここでの」「現在」ということすら、たとえば1982年「当時のことを指している」(MIKAMI 1994,p.369)場合だってあるのだ。
それはともかく、「意義が」「現代的」になると「哲学」も「デカルト」にな
るという「点」を我々は「見て取る」(SUZUKI 1996-a,p.338)のだった。やはり、我々は「デカルト」でもって「超出」するとともに、「そこから」我々の「捉える」「デカルトを」「創始者と」した「モデル」でもって、この「存在-神-論」こそを「侵犯すべき」だ(SUZUKI 1996-a,p.338)。
*****
「このマリオンの論文」について「否みえない」のは、せいぜい「その考証学的」な「規模と」、「彼」マリオンが「議論」を「展開」する際の「迫力」とにすぎない(KOBAYASHI,M.1996-b,p.92)。
たとえば、はたして「憂鬱 Melancholia」(MARION 1982/2002,p.6&p.188)なの「かどうか si」はともかく、マリオンによれば、「なんと Comme」まるで(MARION 1982/2002,p.6&p.181)それが我々を「困らせるもの Ennui」で(MARION 1982/2002,p.6&p.166)あるかのようだ。我々からすれば「お馴染み」と云う「べき」だが、「ここにも顔を覗かせている」のは、マリオンの「あの」「傲慢不遜」「であろうか」、マリオンは「従来のものには」「大々的失敗」の「汚名を着せるか、さもなければ自己の見解の不十分な反映しか」見いださない(MIKAMI 1994,p.367)。
そして「ドゥ・ガンディヤック」を用いて「述べている」我々からすれば、ただ「驚く」ためだけにわざわざ「期待していた程」のことだが、「最終的に」マリオンの「到達しなかった」ことが、じつはすでに「最初に」「結論」されているのであって、マリオンが「意図して」「劇的にした」のは「問題」である(SUZUKI 1996-a,p.339)。そして「意味」の「ない」はずの「何」かをマリオンが「ただ繰り返すだけ」で、それは「論じ尽くされた」(SAITOH,Y.2003,p.125)。
マリオンが「デカルト」を「取り上げた」「こと」について「指摘されている」ところによれば、マリオンは、あたかも「ヘーゲル」「として」「同一」化して「存在」するかのごとく「思惟」する(SUZUKI 1996-b,p.280)のだが、そもそも我々と「デカルト」とが「注」意を「集」めると、「この」〈注意〉は〈精神〉にとって「極度」になると「思われる」のであって、たとえそうした極度の注意が「なかった」「こと」をみずから「知る」「といえども」、残念ながら、『精神現象学』の「著者」ヘーゲルがこのように極度に注意することはない(TOKORO 1991,p.262)。
*****
勿論、必ずしも「デカルトの真意を探ることに専心しようとは思わない」のが「我々」であるが(TOYOOKA 2006,p.17)、それにしても、せっかく「デカルトのテキストを題材にして」いるにも拘わらず、マリオンが「展開」「できる」「思想」はたった「これだけ」なのか、と我々は「驚かされる」(KOBAYASHI,M.1996-b,p.92)。有り体に云えば、「デカルトそのものの研究としては、もっと別の迫り」方を「したほうが」むしろ「よかったのではないかとも思われる」(KATSURA 1982,p.85)。
というのも、たとえ「動かしがたい」「文章でも」、「ひとたび」「生き物と化す」がごとく、「それが」「容易に」「記されるや」、「いかに拙劣な」ことか、我々は「悟ったからである」(TAKEDA 1965/76,p.314)。これは、なにも「計算機」に限ったことではないが、我々にとって「そう簡単ではない」ものであっても、それを我々が「実際に」「使いこなす」と、それはむしろ「たしかに」なる(SASAKI,M.1985,p.231)。どうやらJean-Luc Marionという、いわば奇怪なる「この器械の」「実用性を保証した人は」、ほとんど「いないようである」(MURAKAMI,K.1979/2004,pp.30-31)。
云っておくが、我々が「デカルト」でもって「解釈」する際、もし「マリオ
ン」が「理解され」るとともに「意味」づけられて「哲学」を「もたらす」ならば、「それ」を「豊か」に「思索」したのは我々「自身」だ(SUZUKI 1996-a,p.338)。
撤収
結局、この「哲学史家」J.-L.マリオンができる「こと」について、我々にはあまり云うことは「ない」という、この「こと」が「明らかにされた」「まで」だ(SUZUKI 1996-a,p.338)。ましてや、マリオンの「しなかった」「こと」を「一々指摘する」のは「煩些になる」だろう(SUZUKI 1996-a,p.341)。ついでに云えば、「ここに」「開陳すること」の「できなかった」「力のすべてを」も、我々は「現に有している」(MURAKAMI,K.1996-a,p.9)。
「マリオン」の「展開する」「哲学」が「今後どのような」ものとなるのか、我々としては「おおいに楽しみである」(KOBAYASHI,M.1996-b,p.92)。
produced by K.-m. as the SHYNAMITES. 初出:"What a cool believes"(blog),Oct.21,2006.
KATSURA 1982:桂 壽一「デカルトとの出会い」
KOBAYASHI,M.1996-b:小林 道夫(解題)
MARION 1981/91:Jean-Luc Marion,《Sur la théologie blanche de Descartes》,
MARION 1982/2002:Jean-Luc MARION,《Dieu sans l'Être》,
MARION 1986:Jean-Luc Marion《Sur le prisme métaphysique de Descartes》,
MIKAMI 1994:三上 真司「訳者あとがき」
MURAKAMI,K.1979/2004:村上 勝三「科学の光・光の科学」
MURAKAMI,K.1990:村上 勝三『デカルト形而上学の成立』(勁草書房、1990)
MURAKAMI,K.1996-a:村上 勝三「序文--日本におけるデカルト研究」
NEI 1982:根井 豊「デカルトにおける知の成立地平--『精神指導の規則』を中心にして」
SAITOH,Y.2003:斎藤 慶典『シリーズ 哲学のエッセンス デカルト 「われ思う」のは誰か』
SAKAI,A.1980/96:坂井 昭宏「デカルトの二元論--心身分離と心身結合の同時的存立について」
SASAKI,M.1985:佐々木 周
SUZUKI 1990-a:鈴木 泉
SUZUKI 1996-a:鈴木 泉「解題・解説」(ジャン-リュック・マリオン「存在-神-論」)
SUZUKI 1996-b:鈴木 泉(「梗概」)「ジャン-リュック・マリオン「存在-神-論」」
TAKEDA 1965/76:竹田 篤司『デカルトの青春--思想と実生活--』(勁草書房、1965初版、1976新装版)
TOKORO 1991:所 雄章「解題=訳者あとがき デカルト『省察』」
TOYOOKA 2006:豊岡 めぐみ「デカルト『省察』における「第六省察」の位置づけ」
The DEMONstration (part 4)
第4章:君が悪い/気味が悪い
勿論、「論 -LOGIE」じられた「神 THÉO-」は「存在 ONTO-」するのであって、「聖トマス・アクィナス SAINT THOMAS D'AQUIN」が(MARION 1982/2002,p.6&p.279)「与えること LE DON」は、「現在 LE PRÉSENT」においても(MARION 1982/2002,p.6&p.225)、「存在 L'ÊTRE」するが、ここで「交差 LA CROISÉE」するのは(MARION 1982/2002,p.5&p.81)「図像 L'ICÔNE」と「偶像 L'IDOLE」だ(MARION 1982/2002,p.5&p.15)。
そして、このように「二重にされた」まま「論」じられた「神」が「存在」するかぎり、「一つの」(MARION 1986,p.126&p.383)「原因」になる。すなわち、「存在しつつあること」がまた「存在」する、ということ「について」は、「発言」されたうちの「第二の」(MARION 1986,p.111&p.383)「自己」のほうが「原因」になる、という「原理」だ(MARION 1986,p.88&p.383)。
マリオンがデカルトという「これほど」「豊饒」な「モデル」でもって「存在-神-論」を「位置」づけるかぎり、「哲学」としての「デカルト」という「総体に」おいて、「歴史」というものが「形而上学」で「示されている」のであって、なるほどこの点は「独創性が」「深い」(SUZUKI 1996-a,p.338)。そして「その」「点」を「定式」と「する」と、「再」び「存在-神-論」が「二重化され」て「示される」(SUZUKI 1996-a,pp.337-338)。
なるほど、「二重にされた」まま「論」じられた「神」が「存在」するかぎり、「一つの」(MARION 1986,p.126&p.383)「思惟」になる。すなわち、「存在しつつあること」がまた「存在」するということ「について」は、「発言」されたうちの「第一」に(MARION
1986,p.111&p.383)「論」じられた「存在」のほうが、「虚無」として「一つ」になる(MARION 1986,p.88&p.383)。
しかし「論 -LOGIE」じられた「神 THÉO-」は「存在 ONTO-」するのであって、「聖トマス・アクィナス SAINT THOMAS D'AQUIN」の(MARION 1982/2002,p.6&p.279)「厳しさ」(LA RIGUEUR)を「最後」(DERNIÈRE)に(MARION 1982/2002,p.6&p.259)、「神学 LA THÉOLOGIE」における「聖体の秘跡」(LE SITE EUCHARISTIQUE)について(MARION 1982/2002,p.6&p.197)「虚栄 LA VANETÉ」を「裏 L'ENVERS」返して(MARION 1982/2002,p.6&p.157)溺愛したり崇拝したりすると、偶像としては(LA IDOLÂTRIE)「二重 DOUBLE」になる(MARION 1982/2002,p.5&p.39)、というだけのことだ。
では、我々が「捉える」と、「哲学と哲学史」とは、「どう」いう「関係」になる「か」(IIDA 1998,p.249)。
そもそも「哲学史」のほうが「常識に反して」おり、「またそれゆえ、いかに新奇に思われる」かを、「主張する」のが、「本論」だ(SAKAI,A.1980/96,p.69)。ところで、「フランスに」おいてマリオンの「存在」が「代表的」になる「集団」のなかではマリオンのことを「哲学者」「とでも」云う「べき」なのだろうが、いわば〈エピメテ・グループ〉においてマリオンが「フランス」で1996年「現在」、「主幹として」「編集」するのは「エピメテ叢書」であり、これはひときわ「目立つ」(ibid.)。そこにおいては、どうやら「マリオン」「こそが重要である」らしく、そのことを「与える」と「尊厳」でもって「行為」するので「哲学的」になるのだそうだが、何とこれが「本来」の「哲学史に」「描かれるわけである」
(SUZUKI 1996-a,p.338)。
いずれにせよ、「歴史」そのものや「それを動かす人間のもつ」「本質」は「悪魔的」だ(TAKEDA 1965/76,p.56)。
たとえば「戦後のフランスの哲学界を絶えず領導してきた」のは「ハイデガー哲学」だが、これに限らず、たいてい「現場に」おいては、「容易に人を寄せつけない晦渋に満ちていながら」その「全貌が明らかになりつつある」ものだ(MIKAMI 1994,p.367)。なにも「ハイデガー解釈」や「現象学解釈」に限らず、「過去」についての「清算を」我々が「ここに」「感じとらないで済ますことは難しい」(MIKAMI 1994,p.367)。その一方で勿論、我々においてもそうであって、「集中力」と「緊張」でもって「精神的」に強くなったのも、「現場」が「生々しい」からこそである(SAITOH,Y.2003,p.122)。そういう「自負心があれば」、我々がみずから「立ち合っている」のも「自然なこと」だから、「大言壮語は」「むしろ」「少しばかり」なの「かもしれない」(MIKAMI 1994,p.367)。
我々に「できると思われる」「こと」をみずから得る「ため」に「見通し」たうえで我々が「捉える」ところによれば、なるほど我々は「正しく」「論じている」ことにな
るが、はたしてそれは「何のため」になるのか、「また」それはいったい「何」「において」なの「か」(NEI 1982,p.51)。
たとえば、自分に「出来る」「こと」でもって「分ける」と「領域」が「三つ」になったので「思索」した、というところは、いかにも「ジャン-リュック・マリオン」(SUZUKI 1996-a,p.328)らしい。
とはいえ「マリオン」が「神学」の「中で」「取っている」「戦略」は、結局のところ「同じ」だし、「運動」して「一般」化するのも「同じ」だ(SUZUKI 1996-a,p.337)。のみならず、マリオンの「いずれ」の「研究」も、「現象学」、「哲学史」、「神学」によるものである(ibid.)。したがって、「より整ったもの」がいくら「加筆され」たとはいえ、また、「反論」に対していくら「批判」が「向けられた」とはいえ(SUZUKI 1996-a,p.339)、「そんなところは読み飛ばして下さい」(MURAKAMI,K.1990,p.292)。なぜなら、そもそも「創造」するという「神の」「活動」は「様々な」のであって、そのような多様さは「〈私〉」において「明らかにされねばならない」(SUZUKI 1990-a,p.73)からである。
もし一方で、「難問が次々に襲ってくることに」なりながらも(MURAKAMI,K.1979/2004,p.34)、
だからといって他方で、「突然重くなるわけにはいかない」ということであれば(MURAKAMI,K.1979/2004,p.33)、我々はその「理由を、さらに説明せねばならない」のだが、ここでもし「力」「だけが」「何らの外的原因もなしに」「増大していく」「羽目に陥る」ならば、我々は「この説明において」「破綻をきたす」ことになるのであって、これはなにも「スコラ自然学」に限ったことではない(MURAKAMI,K.1979/2004,pp.33-34)。
なるほど、いかにも「憂鬱 Melancholia」(MARION 1982/2002,p.6&p.188)だという「虚栄について des vanités」、さらに「虚栄 Vanité」なり見栄なり(MARION 1982/2002,p.6&p.171)があると、「保留されている Suspens」ので不安に(MARION 1982/2002,p.6&p.158)なるのが我々だ。しかし、とりわけ「不幸」の「多くを」「歴史に」おいて「負って」いる「もの」は、「自力では」如何とも「しがたい」という点で、「非人間的」であり、「いわば」悪魔的だ(TAKEDA 1965/76,p.56)。おそらく「その意味で」の「動因」が「マリオンを」も突き「動かしている」のだろうが、残念ながら、そんなマリオンの「見かけよりもはるかに」「実証的な」のは、むしろ「文献」のほうである(MIKAMI 1994,p.367)。そういえば「選択」された「文献」でもって(MARION 1981/91,p.457&p.492)マリオンによって「白紙」にされたのが「神学」であった(p.444&p.492)。のみならず、「選択」された「文献」でもってできた(MARION 1981/91,p.457&p.492)「隔たり」も「形而上学」も(MARION 1981/91,p.455&p.492)、マリオンという「自己」に「原因」があるのだった。
それよりも、「すでに」自分で「できる」ことについて「何かを」云うにあたって、「はじめて」「目を通した」もののうちで「主要なもの」があれば、我々は「それら」でもって「専門家」になる(SAITOH,Y.2003,p.125)つもりだ。つまりこれは、我々からすれ
ば、自分の「思う」とおりに「出来る」と「断言」する「ということ」「である」(SUZUKI
1996-a,p.340)。何しろ、「言葉」で我々「自身」が「マリオン」を「開いている」「地平」のほうが、「全く新しい」(SUZUKI 1996-a,p.337)はずだ。となると、むしろ「研究において」は、「哲学史」「のみならず」、「デカルト研究」の「中心に位置する」(ibid.)のは我々なのだ。我々が留まろうとするとき、「享受」されるのは、〈「無限」なこと〉であり「絶対的な」のは「今」「である」(SUZUKI 1990-a,p.73)。
そして、このように「幸福であり満足であることは」、決して「歴史を」顧みさせない(TAKEDA 1965/76,p.55)。
「現在における」、という「このこと」を「とりわけ」「強調」する「点に」ついて「複数の意味合いを込めている」のは「マリオン」の「はずである」(MIKAMI 1994,p.366)。しかし「それ」が「また他方で」我々に対して「誘発する」「感慨」は、「マリオンの意図することとはまったく別」である(ibid.)。何しろ、「現在」とはいえ、「かなり以前から準備されていた」(MIKAMI 1994,pp.369-370)「わけである」が、「ここでの」「現在」ということすら、たとえば1982年「当時のことを指している」(MIKAMI 1994,p.369)場合だってあるのだ。
それはともかく、「意義が」「現代的」になると「哲学」も「デカルト」にな
るという「点」を我々は「見て取る」(SUZUKI 1996-a,p.338)のだった。やはり、我々は「デカルト」でもって「超出」するとともに、「そこから」我々の「捉える」「デカルトを」「創始者と」した「モデル」でもって、この「存在-神-論」こそを「侵犯すべき」だ(SUZUKI 1996-a,p.338)。
「このマリオンの論文」について「否みえない」のは、せいぜい「その考証学的」な「規模と」、「彼」マリオンが「議論」を「展開」する際の「迫力」とにすぎない(KOBAYASHI,M.1996-b,p.92)。
たとえば、はたして「憂鬱 Melancholia」(MARION 1982/2002,p.6&p.188)なの「かどうか si」はともかく、マリオンによれば、「なんと Comme」まるで(MARION 1982/2002,p.6&p.181)それが我々を「困らせるもの Ennui」で(MARION 1982/2002,p.6&p.166)あるかのようだ。我々からすれば「お馴染み」と云う「べき」だが、「ここにも顔を覗かせている」のは、マリオンの「あの」「傲慢不遜」「であろうか」、マリオンは「従来のものには」「大々的失敗」の「汚名を着せるか、さもなければ自己の見解の不十分な反映しか」見いださない(MIKAMI 1994,p.367)。
そして「ドゥ・ガンディヤック」を用いて「述べている」我々からすれば、ただ「驚く」ためだけにわざわざ「期待していた程」のことだが、「最終的に」マリオンの「到達しなかった」ことが、じつはすでに「最初に」「結論」されているのであって、マリオンが「意図して」「劇的にした」のは「問題」である(SUZUKI 1996-a,p.339)。そして「意味」の「ない」はずの「何」かをマリオンが「ただ繰り返すだけ」で、それは「論じ尽くされた」(SAITOH,Y.2003,p.125)。
マリオンが「デカルト」を「取り上げた」「こと」について「指摘されている」ところによれば、マリオンは、あたかも「ヘーゲル」「として」「同一」化して「存在」するかのごとく「思惟」する(SUZUKI 1996-b,p.280)のだが、そもそも我々と「デカルト」とが「注」意を「集」めると、「この」〈注意〉は〈精神〉にとって「極度」になると「思われる」のであって、たとえそうした極度の注意が「なかった」「こと」をみずから「知る」「といえども」、残念ながら、『精神現象学』の「著者」ヘーゲルがこのように極度に注意することはない(TOKORO 1991,p.262)。
勿論、必ずしも「デカルトの真意を探ることに専心しようとは思わない」のが「我々」であるが(TOYOOKA 2006,p.17)、それにしても、せっかく「デカルトのテキストを題材にして」いるにも拘わらず、マリオンが「展開」「できる」「思想」はたった「これだけ」なのか、と我々は「驚かされる」(KOBAYASHI,M.1996-b,p.92)。有り体に云えば、「デカルトそのものの研究としては、もっと別の迫り」方を「したほうが」むしろ「よかったのではないかとも思われる」(KATSURA 1982,p.85)。
というのも、たとえ「動かしがたい」「文章でも」、「ひとたび」「生き物と化す」がごとく、「それが」「容易に」「記されるや」、「いかに拙劣な」ことか、我々は「悟ったからである」(TAKEDA 1965/76,p.314)。これは、なにも「計算機」に限ったことではないが、我々にとって「そう簡単ではない」ものであっても、それを我々が「実際に」「使いこなす」と、それはむしろ「たしかに」なる(SASAKI,M.1985,p.231)。どうやらJean-Luc Marionという、いわば奇怪なる「この器械の」「実用性を保証した人は」、ほとんど「いないようである」(MURAKAMI,K.1979/2004,pp.30-31)。
云っておくが、我々が「デカルト」でもって「解釈」する際、もし「マリオ
ン」が「理解され」るとともに「意味」づけられて「哲学」を「もたらす」ならば、「それ」を「豊か」に「思索」したのは我々「自身」だ(SUZUKI 1996-a,p.338)。
結局、この「哲学史家」J.-L.マリオンができる「こと」について、我々にはあまり云うことは「ない」という、この「こと」が「明らかにされた」「まで」だ(SUZUKI 1996-a,p.338)。ましてや、マリオンの「しなかった」「こと」を「一々指摘する」のは「煩些になる」だろう(SUZUKI 1996-a,p.341)。ついでに云えば、「ここに」「開陳すること」の「できなかった」「力のすべてを」も、我々は「現に有している」(MURAKAMI,K.1996-a,p.9)。
「マリオン」の「展開する」「哲学」が「今後どのような」ものとなるのか、我々としては「おおいに楽しみである」(KOBAYASHI,M.1996-b,p.92)。