MATSUDA,K.1996:松田 克進「デカルト心身関係論の構造論的再検討
MURAKAMI,K.1979/2004:村上 勝三「科学の光・光の科学」
MURAKAMI,K.1990:村上 勝三『デカルト形而上学の成立』(勁草書房、1990)
NODA 1972/77:野田 又夫「まえがき」(1972年記)
OCHIAI 1953/67-b:落合 太郎「訳者註解」
TANIGAWA 2002:谷川 多佳子『デカルト「方法序説」を読む』(岩波書店、2002)
YAMADA,H.2001-b:山田 弘明「あとがき」
for The Mat Mirror.
また、我々の「採る」「読み方」が、「引用されている書簡」と、「齟齬を」きたすとも「考えられない」(MURAKAMI,K.1990,p.260)。
我々が「典拠にする」ものは、「公刊された作品」である「場合」と「書簡」である「場合」とがあるという点で「別種」だ が、いずれの場合にも「要求される」のは「慎重さ」である(MURAKAMI,K.1990,p.8)。とりわけ、「デカルト自身の記している事柄」を 「外側から」「扱う」場合や「付加価値を添加」する「場合に」「デカルトの書簡」を典拠として用いれば、たとえ「定見」がなくても「誤りを避ける」ことが できるはずなのだ(MURAKAMI,K.1990,p.9)。要するに、「論拠」の「ある」ことを我々が「示す」かぎり、我々は、「デカルトの言葉」 を、それが「私的な書簡」のなかのものであれ、字義どおりに「受け取ってよい」(MATSUDA,K.1996,p.192)、ということになる。何し ろ、「フランス語でもラテン語でも、著書でも手紙でも」、「デカルト」が「書いていた」「文章」は、「まったく同じ調子」である(NODA 1972/77,p.i)。
そういえば、「書いた手紙」が「途中で開封される恐れも」あるということで、「暗号を考えている」のは「デカルト」なの だが(YAMADA,H.2001-b,p.331)、我々がデカルトの「書簡」を典拠として用いたのは、「議論の外から入り込んだり、議論に干渉したり する」のが「私」や「相手」である「場合」が「多い」(MURAKAMI,K.1990,p.8)。というのも、「公刊されたもの」に限らず、「それ自身 では形式的に閉じたものとして一定の自立性をもつ」にも拘わらず、「外に向かって開かれて」いるところもあるならば、それは「公刊された作品」に匹敵する (MURAKAMI,K.1990,p.8)からである。特に「十七世紀当時」の「場合」は「書簡」として「書かれた」が、「必ずしも」「私的」ではない 「文書」は「意識して」「公刊」なり交換なりされたこと「がある」(YAMADA,H.2001-b,p.331)くらいだ。ましてや、「デカルト」の 「死後」とはいえ、「一般に公開された」のが「当該の書簡」であることは「確か」なのだ(MATSUDA,K.1996,p.192)。したがって、然々 「と私には思われる」という「表現が用いられている」ような「事柄についても」、『省察』等の原典に「裏付けられていれば」、我々はその事柄を云い切るこ とが「できる」のだ(MURAKAMI,K.1990,p.8)。
このように、我々が「表現」に「配慮」するだけで「相手」に「用いられ」ることもある(MURAKAMI,K.1990,p.8)。
他方で、デカルトに対して「自分の手紙を破棄するように」「しばしば」 云っているのは「エリザベト」である(YAMADA,H.2001-b,p.331)が、我々がデカルトの「書物」を典拠として用いるにあたって、「基盤 となる」こととして挙げられるのは、「常に議論のなかに、あるいは話の世界のなかに位置をもつ」のが、「そのなかに登場する」「私」である、ということだ (MURAKAMI,K.1990,p.8)。「たとえ議論が」「何重の仕方で」「輻輳していて」も、「現れて」いるのは「私」である、という「読み方」 をするのが、「読む側にとっての」「基本」である(ibid.)。〈云い切ることは「できないが仮にそうしておく」のは「今」しかない〉、「あるいは」、 〈「本当はそうではないかもしれない」とはいえ「そう思われる」のも「今」だからこそである〉というようなことを、『省察』本文等の原典における「語」 に、「ほぼ敷衍することができる」(ibid.)。
このように、我々が「議論の仕方」に「配慮」するだけで「相手」に対して「影響を与えることもある」(MURAKAMI,K.1990,p.8)。
たとえば「エリーザベト」等の相手に対して「無頓着をきめこむわけには」 いか「ない」、という「点に」「配慮をもって」いる場合に、デカルトは「どのよう」に「記しているのか」(MURAKAMI,K.1990,pp.8- 9)。もし、「デカルト」でもって「思索」や試作をしても、「固有」なものを「切り出すこと」が「できない場合」は、「この点を考量」していないことが 「多い」のであって、このことを「覚悟」するのは我々のほうたる「べきであろう」(MURAKAMI,K.1990,p.9)。というのも、「デカルト」 で「思索」や試作をするに「際して」、「書簡」を「取り出そうとする」のは我々だからである(MURAKAMI,K.1990,p.8)。
なるほど、「ここで」「なされている」「説明」で我々が「使った」「道 具」は「古い」が(MURAKAMI,K.1979/2004,p.30)、「考えて」みれば、「手紙」かどうかはともかく、「その」ほうが「おそらく」 「相手に馴染みやすい」「ことであったろう」(ibid.)。いくらデカルトによって「昔の昔に考案された」ものだとはいえ、我々にとって、それは「言っ てみれば」「道具である」(MURAKAMI,K.1979/2004,p.29)。
その一方で、たとえば、「製図し」たのは「ミドルジュ」であり、「レンズ」を「磨いた」のは「フェリエ」「である」 (MURAKAMI,K.1979/2004,p.30)が、このように、「デカルトが」「実際に」「この実験に用いた」「道具」とは「全く別」に、「当 代の知識と技術」とを「集めた」(MURAKAMI,K.1979/2004,pp.29-30)のも、我々だ。
ともかく、我々が「確実」に「おさえて」いれば、「資料」や「手紙」で もって「綿密に」出るのだ(TANIGAWA 2002,p.54)。ロディス-レヴィス(RODIS-LEWIS,Geneviève)の場合は「バイエ」による伝記だったが、「著者が」「力説し」 ているのは「事実」であり、「狙った」のは「むしろ再構成」なのであって、決して「解体では」ない(IIDZUKA 1998,p.406)。「著者が」決して「曲げたり粉飾したりしたこと」の「なかった」のは「事実」なのである(OCHIAI 1953/67-b,p.105)。
ここに「叙述されたもの」は、「その」著者の「一生の仕事ぶりから」我々が「推して」、はたして「デカルトらしいかどうか」(OCHIAI 1953/67-b,p.105)、「という」この「こと」こそが、我々にとって「重要な」のである(ibid.)。