KOIZUMI 1996:小泉 義之『デカルト=哲学のすすめ』(講談社現代新書、1996)
KUME 1996:久米 博「『傷ついたコギト』から自己の解釈学へ」
MURAKAMI,K.1985/2004:村上 勝三「行為と意識--見えるものを越えて」
MURAKAMI,K.1999:村上 勝三「感覚の覚醒に向けて--デカルト「感覚」論の三面」
SAITOH,Y.2003:斎藤 慶典 『シリーズ 哲学のエッセンス デカルト 「われ思う」のは誰か』
TAKEDA 1965/76:竹田 篤司『デカルトの青春--思想と実生活--』
TANIGAWA 1995:谷川 多佳子『デカルト研究--理性の境界と周縁--』
TANIGAWA 2002:谷川 多佳子『デカルト「方法序説」を読む』(岩波書店、2002)
YAMADA,H.1996-a:山田 弘明「人間学としてのデカルト哲学--「第六省察」の一解釈」
YOHROH 1991:養老 孟司「解説=テキストを読む 脳の機能のきわめて明晰な表現」
「自分を支えて」いるのが「自分で」は「ない」ということ、あるいは自分ではないものを自分が支えているということを、「感ずる」場合、「そのよう」に「感受」なり甘受なりすると「同時に」、その「感受すること」そのものを何らかの「仕方で」みずから「思う」のは「私」である(SAITOH,Y.2003,p.115)。たとえば、「何を喜んでいるのか分からなくなる」のが「自分」だ、という「こと」で「ある」(KOIZUMI 1996,p.187)。
「あらゆる表現」も「表象」をも「超えている」ような、そしてまた「言語その他の表現手段によって表し尽くすこと」の「できない」ような、そんな「内容」を「感覚」している(MURAKAMI,K.1999,p.60)際にも、実感だか「実在感」だかを「伴って」「最後に」「残った」(YOHROH 1991,p.230)のは、つまり、違和感であれ実感であれ一体感であれ「そう」「感じる」のは「私」だ、ということ(ibid.)であり、このことを「デカルト」をとおしてみずから「思考」すれば、きっと「脳の機能」についての「表現」も「きわめて明晰」「になっている」(ibid.)はずだ。
但し、「感覚」された「事物」を「認識」するにあたって、「他者に」「代替」してもらうことはできない(MURAKAMI,K.1999,p.60)。
「気にかかって」いることについては、「ほぼ」常に、「その際」に「発表したり」「まとめたり」「してきて」、「少しずつ」至っているにも拘わらず、「現在に」「なって」、なるほど「宿題」は「重要」だったが、「自分自身にとって」の「問題は」、これ「以後」留まった(TANIGAWA 2002,p.51)。以上のことを「述べる」という「点」が、《私》にとって「困難だった」(ibid.)。「仕事の」「概念」を「把握しにくかった」「がゆえ」「である」(ibid.)。
何はともあれ、「懐疑」するのが「デカルト」であることを「認識」して、我々も、「自分の」「能力まで疑うという」「自己破滅的」な状況から、「ついに」「解放される」(KOGA 1996,p.63)に至ったのである。そして、「そのような自分の姿を、ほぼ客観化して眺め」ることのできる年齢に至ったのが、今である(TAKEDA 1965/76,p.312)。デカルトという「本質」について、もし我々の「確信が正しいとすれば」、「この変貌こそじつは」当事者なる我々「自身への正当な復帰であった」と云える(TAKEDA 1965/76,p.48)。
さて、「アンスコム」という人の「論文」ではないが、「第一人称 The First Person」を、いわば「横目に睨みながらなされたもの」が、我々の「これまでの議論」「であった」(MURAKAMI,K.1985/2004,p.53)。そして、そこに「残る」のは、「事物」を「感覚」することは「私」にとって「直接」的だ、ということ「だけ」だ(MURAKAMI,K.1999,p.60)。
「語るのは誰か、行動するのは誰か、物語るのは誰か、責任を負うのは誰か」(KUME
1996,p.130)。「この」ように「誰か」という「問いによって、自己の問題にかかわるあらゆる主張を導入し、そしてそれら」の問いに対して「自己と答える」のは、ポール・リクールと同様である(ibid.)。「その自己とは対話者をもつ自己」であり、また、「それは他者に対して責任を負う自己である」(ibid.)。ただ、「このように」我々が「挨拶」をとおして「告知する」際に、需要および「受容された」のは、せいぜい、「存在」するのが「私」である、ということである(SAITOH,Y.2003,p.9)。したがって、「何ものか」が「挨拶」するのを「受け取る」といっても、それはあくまでも「他者から」「私」に祈るが如く「捧げられる」「まま」なのである(ibid.)。
おそらく「身体のどこかが傷つけばすぐに痛みを感じるようになっている」(YAMADA,H.1996-a,p.177)はずだが、このことでもって、「身体」を「枠付け」て「個として」いるのは「私」だ(MURAKAMI,K.1999,p.68)。そして、「混淆し一体化して一つのものを」成しているのが「心身」ならば、いよいよ「人間」になれるのだ(YAMADA,H.1996-a,p.177)。
こうして、認められることで「恒常」的になったり「同一」化したりすると、「ある種」、「そこ」で「一つ」の「人称」になる(TANIGAWA 2002,p.108)。「私」という「語」の「もっている」「機能」でもって我々が「指示する」と、「人」が「必ず」「私は」、と「語り」だす「から」、その語が「使用される」(KOIZUMI 1996,p.88)。ところで、「変化」する「語尾」をもつ「動詞」の「ラテン語」や、《Ich》という「ドイツ語」、《Je》という「フランス語」、《I》という「英語」がある(TANIGAWA 2002,p.108)。「これに対して」、「複雑」で「多様」な「一人称」については、「日本語」になると、《僕》だったり《吾》だったりするが、筆者の「日本語」では《私》で「通し」た(ibid.)。
ところで、「思考」するのは「私」であるが、はたして「究極的」なのは「それ」なの「であろうか」(TANIGAWA 1995,p.264)。
「営み」としては「まったく異なる」とはいえ、その「内実」について「受容」とか需要とかを「される」のも「する」のも「私」である「場合」、「それ」こそが「挨拶」なのである(SAITOH,Y.2003,p.9)。何しろ、「自己と他者」とが「立つ」「位置」は「相互的」で「相対的」だ(KUME 1996,p.130)。だからこそ、「対話において互いに位置を交換しあう」のは「一人称と二人称」である(ibid.)。
「本来の意味」での「モラルとは」、このように、「自分と他人との関係に」何らかの「調和を」図ろうとするものである(TAKEDA 1965/76,p.152)。