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2008年12月23日

The Terrible Table(Part 1)--再公開

KOIZUMI 1996:小泉 義之『デカルト=哲学のすすめ』(講談社現代新書、1996)

MITOH 1998:
美頭 千不美「デカルトと心身問題」
(湯川 佳一郎・小林 道夫 編『デカルト読本』所収、法政大学出版局、1998、
pp.128-137)

MURAKAMI,K.1979/2004:
村上 勝三「科学の光・光の科学」
(村上 勝三『観念と存在 デカルト研究1』所収、知泉書館、2004、pp.21-40、
初出:日本ブリタニカ『レンズ・マジック』、1979,pp.61-74)
MURAKAMI,K.1984/2004:村上 勝三
「デカルト哲学における「本有観念」と「観念」の本有性」
(村上 勝三『観念と存在 デカルト研究1』所収、知泉書館、2004、pp.173-193、
初出:『哲学雑誌』Vol.99/No.771,1984,pp.26-45)

OCHIAI 1953/67-b:
落合 太郎「訳者註解」
(落合 太郎 訳『方法序説』所収、岩波文庫、1953初版、1967改版、pp.95-230)

TAKEDA 1965/76:
竹田 篤司『デカルトの青春--思想と実生活--』
(勁草書房、1965初版、1976新装版)

TOKORO 1967/96:
所 雄章『デカルトI』(勁草書房、1967初版、1996新装版)

TOMONAGA 1925/49:
朝永 三十郎『デカルト』(岩波書店、1949、初版『デカート』1925)

YAMADA,H.2001-a:
山田 弘明「解説」
(山田 弘明 訳『デカルト=エリザベト往復書簡』所収、講談社学術文庫、2001、
pp.298-330)
YAMADA,H.2001-b:山田 弘明「あとがき」
(山田 弘明 訳『デカルト=エリザベト往復書簡』所収、講談社学術文庫、2001、
pp.331-333)

YAMAUCHI,S.1999/2000:
山内 志朗「訳者あとがき」
(アイケ・ピース 著/山内 志朗 訳『デカルト暗殺』所収、大修館書店、2000、
pp.168-171)


The Terrible Table(part 1)
for THE MAT MIRROR.

仲違いは疑いから

なるほど、「生き残ってきた」当事者「たち」や「私」の「免れてきた」のは、「たまたま災害や事故」や「飢餓や内戦」だ(KOIZUMI 1996,p.8)。しかし、その一方で、下手をすると、もしや「暗殺された」かもしれないという「可能性が」「デカルト」および当事者には「ある」ので あって、この「こと」は、アイケ・ピース(PIES,Eike)に限らず「著者」が「喧伝してきた」ことだ(YAMAUCHI,S.1999/2000, p.170)。

当事者ともども、我々も「日々」「明け暮れた」のは、「論争」に継ぐ「論争」だった(TOKORO 1967/96,p.178)。「そこには」「ただ敵意だけ」で「仕掛けられ」、そして敵意「のみ」に基づいている(TOKORO 1967/96,p.180)ものがあった。「要するに」それは、いわば「感情的」に、そして「個人的」に「発し」た、「憎しみ」や「妬み」だった (ibid.)。我々は、ここでは「一切省くことにする」が、或る「要因」を「誰がどのように持ち込んだのか」によって、「この」要因は「不純な」だけで なく、「瑣末に」も「なる」(MURAKAMI,K.1984/2004,p.190)。
*****
「今でも思い出す」(YAMADA,H.2001-b,p.333)のは、「相手のさして悪気とも思えぬ」振る舞いが、自他の「関係の断絶にまで」導いた ことであり、「この種の事件」を我々は前にしたわけだが、このとき、「彼」デカルトおよび当事者は、まず「平凡とみえた人間関係の」裏に潜む「異常な」厳 しさに「戦慄する」のであって、それ「とともに」、「他人との関係において自分がいかに誠実であろうと、相手がそれに応じなければ、その関係は」決して滑 らかには「回転し」えないということをも、知った(TAKEDA 1965/76,pp.97-98)はずだ。

「まず」デカルトや当事者は、「みずからの人間関係を」「限定」する際に、その「相手と」「もち」うる「関係」が「相互 に論理的」になる場合「だけ」を「真」であると「してしまった」のだ(TAKEDA 1965/76,p.98)。が、勿論「そのような相手の多かろうはずは」ない(ibid.)。
それだけでなく、「相手の不幸をすらりと自分の目下の関心事と結びつけ、その」途端「相手を忘れてしまう」ところから すると、どうやら「彼」デカルトおよび当事者は、たとえば「親友の丹毒などに」は「大して驚きも心配もして」「いない」(TAKEDA 1965/76,p.108)ようだ。となると、「エリザベト」や我々だけでなく、みずからを「頑固」と「称している」者は、まるで「逆にことごとく異を 立てている節がある」かのようになってしまうのだが、じつはただ、「デカルト」および当事者の「考え方に」「満足」しなかっただけ(YAMADA, H.2001-a,p.315)にすぎない。この点で「私」の「嫌い」なのが、「ルネ・デカルト」「である」(YAMAUCHI, S.1999/2000,p.168)。

ただ、それにしても、「デカルトに」とって「誠に苦々しきことで」あったのは、ユトレヒトで「最初に」起こった「論」難 が、学「問的でなくして」むしろ感情的、対「人的」な「性質のもので」あり、しかもそれが「極めて」卑劣「なる手段を」もっておこなわれたことだ (TOMONAGA 1925/49,p.89)。

なにも「ユトレヒト市教会の初代牧師」に限ったことではないが、一方で、連中が「策し」て「追放」しようとした「その 人」とは、「デカルト」を含む当事者のことであり、他方で、その連中が「禁圧」したのは、「デカルト哲学」だった(TOKORO 1967/96,p.184)。
「そればかりか」、みずから「訴え」た「手段」で「すら」、「政治-司法的な」「域を踏み越え」、いわば「戦い」「に よる」「言論」にしたのは、「フーティウス」等の連中「であった、としか」「実際」には「思われない」(TOKORO 1967/96,p.184)。しかも、「如何せん」「信憑性に乏しい」うえ、「辻褄の合わない箇所」も「含まれて」いるのが、連中の「その陳述書」だっ た(MURAKAMI,K.1979/2004,pp.25-26)。

当事者や我々にとって「可能な」のは、せいぜい、「それに黙って耐えること」「あるいはその相手に微笑み」でもって「応 ずること」だった(MITOH 1998,p.135)。そして、「疑い」の「ない」「こと」として「支えていた」、という我々自身および支援者の「姿勢」でもって、なんとか「当事者た ち」は「保たれて」いた(TOKORO 1967/96,p.180)し、このことは決して「稀ではなかった」(ibid.)。
しかしその「ような場合も」、主な当事者および我々が現れるや否や、「応酬となって」連中の「敵意」があからさまに なった(TOKORO 1967/96,p.180)。「生々しくも」「そのまま」連中の「一念」で、当事者も我々も「打倒」すべき「論敵」とされた(ibid.)。「その際 に」、連中にとって「可能」なのは、その「相手」なるものを、すなわち当事者や支援者や我々を「殴ったり蹴ったり罵倒したりして応酬すること」だったの 「である」(MITOH 1998,p.135)。
どうやらその「感情」として、「憎悪」「ないしは」「嫉妬」「あるいは」「反感」が、そして「個人的な」「もの」が 「それにもまして」、「動機づけていた」せいで、そうした「言動を」「フーティウス」等の連中に「余儀なくさせた」(TOKORO 1967/96,p.184)ようだ。

和解

もし連中が「デカルト」および当事者と「この」ように「和解」したと云ってよいときならば、両者とも「摩滅しつくした」はずだが、それでも「敵意」で「論争」が「長期にわたる」と「思う」(TOKORO 1967/96,p.180)。
その場合にも、我々が当事者とともにその「一員として」「従わねばならぬ」のは「風習」だが、はたして「その」風習は、 「どこまで」「社会」化し、「そしてどういう理由によって」「社会」的になるの「か」(OCHIAI 1953/67-b,p.135)。
そういえば、「法律その他すべての制度が」「もって」いた「目的」は、「ただ一つ」「しか」「なかった」 (OCHIAI 1953/67-b,p.132)。しかも「それ」がもし「兵士を養成することに」よって「完全」になるとしたら、「一切が」「奉仕」するのは、どうせ 「国家」に対してなのであろう(ibid.)。「教育と」云われて「いるもの」については、「その本来の意義を」忘れた「者」がただ「実例と慣習」とを 「代弁」するだけ「になってしまった」(OCHIAI 1953/67-b,p.125)。

結局、論争は「他日」に「和解」として「終始した」(TOKORO 1967/96,p.180)が、「ずっと後」に「それは」成り立つ(ibid.)ことになった。

produced by K.-m. as the SHYNAMITES.
初出:"What a cool believes"(blog),Oct.10,2006.