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2008年12月23日

The Terrible Table(Part 2)--再公開

MURAKAMI,K.1979/2004:村上 勝三「科学の光・光の科学」
(村上 勝三『観念と存在 デカルト研究1』所収、知泉書館、2004、pp.21-40、
初出:日本ブリタニカ『レンズ・マジック』、1979,pp.61-74)
TAKEDA 1965/76:竹田 篤司『デカルトの青春--思想と実生活--』
(勁草書房、1965初版、1976新装版)
TOKORO 1967/96:所 雄章『デカルトI』(勁草書房、1967初版、1996新装版)
TOMONAGA 1925/49:朝永 三十郎『デカルト』(岩波書店、1949、初版『デカート』1925)
YAMADA,H.2001-a:山田 弘明「解説」
(山田 弘明 訳『デカルト=エリザベト往復書簡』所収、講談社学術文庫、2001、
pp.298-330)


The Terrible Table(part 2)
for THE MAT MIRROR.

加害者に対する責任追及

ところで、「彼」デカルトや当事者の「不安がいかに強烈であり深刻であったかを、如実に物語るもの」は、「おそらく」デカルトや当事者が、 「空しく」終わった「追求に、ほぼ十年を棒に」振って空費したという「事実」であろう(TAKEDA 1965/76,p.77)。これは、我々が「忘れてはならない」「こと」の「あった」「歳月」である(TOKORO 1967/96,p.178)。なにもエリザベト「王女」に限らず、当事者の「一家に不幸が襲ったときには」、「デカルト」ではないにしても、誰かしら他 人が「来訪」してくれて、我々も当事者ともども、「安堵し」たので、「それを心から謝している」(YAMADA,H.2001-a,p.305)。但し、 べつに「ゴルディウスの結び目」ではないが、「この」ように「絡まった」空しさをみずから「解かねばならなかった」のは、「デカルト」を用いた我々「自 身」なのだ(MURAKAMI,K.1979/2004,p.23)。

なにもデカルトの親族に限ったことではないが、デカルトの場合は「このような父親」に対してだけではなく「兄弟たちに対 して」も「冷酷な感情しかもち」えなかったという(TAKEDA 1965/76,p.91)。だが、それはデカルトの場合で云えば、「のちに」デカルトの「父と姉とが」続けて「死んでも」、デカルトの兄弟たちが、「知 らせすらよこさなかった」せいであるから、「当然」だろう(ibid.)。

また、なにもデカルトの先祖に限ったことではないが、デカルトの場合、「実母」について「正確な死亡日を知らず、まし て」、その「直接の死因となったはず」の人なり事柄なり、すなわち、デカルトの実母が「亡弟」を出産したことであるが、その事柄の「存在など知る由もな かったという」のは、いくら「奇妙」だとはいえ「事実」なのだ(TAKEDA 1965/76,p.92)。ちなみに、デカルトの「母親」は「ジャーヌ・ブロシャール」(BROCHARD,Jeanne)といい、「母の死因はおそらくこのときのお産で」あり、「赤ん坊も母の死後三日目に」死んだ(ibid.)という。

情報不足による孤立

元来先祖の「家風を重んじた」はずの「父」(TOMONAGA 1925/49,p.13)の「家族のうち」には、結局、デカルトおよび当事者自身に「真実を明かしてくれた者」は、誰ひとりとして「いなかったわけ」だ (TAKEDA 1965/76,p.93)。それだけではなく、「彼」デカルトや当事者が「最後まで真実を知らずに死んでしまったであろうことも」、「充分にあり」うる (ibid.)。

いずれにせよ、なにも「彼」デカルトの場合に限ったことではないが、第一に、何のために「その必要が」あるのかはともか く、「どうして」も当事者に「真実を告げようと」した者が(TAKEDA 1965/76,p.93?)、残念ながら、「家系を重んずる」はずの「親戚」(TOMONAGA 1925/49,p.74)のなかに誰ひとりいなかったということ、そして第二に、誤りの事柄をあたかも「真実」であるかのように「思い」込ませていたの が、当事者の親族のなかに何人もいたということ、これら二つのことは「事実」である(TAKEDA 1965/76,p.93?)。ちなみにデカルトの場合は、その「父親や兄、父方の祖母や」可愛がってくれた「母方の祖母、やはり愛してくれたらしい姉な ど」であった(ibid.)。

produced by K.-m. as the SHYNAMITES.
初出:"What a cool believes"(blog),Oct.10,2006.