AT.:OEVRES DE DESCARTES, publiées par Charles ADAM & Paul TANNERY, nouvelle édition, J.VRIN, Paris, 1996.
for THE MAT MIRROR.
我々と「同じ高さや下方にある」諸々の事物に対してよりも、「我々の上方にある諸々の事物に対して」「我々が驚嘆する」 のは、自然なことだ(Meteor.1:AT.VI,231.03-05)。 但し、「雲」に限らず、我々の上方にあるこれらの事物を「主題」にして「驚嘆」しているうちは、これらの事物の「原因を理解するのは容易にできることでは ない」し、また、こうした事物のなかには何の「将来」も「見当たらないだろう」(Meteor.10:AT.VI,366.25&26-28)。
さしあたって、我々の上方にあるこれらの事物の「自然」なり本性なりを、「ここで説明する」のは「私」だが (Meteor.1:AT.VI,231.15-16)、本論において「云われてきたことすべてを把握してしまう人々」に対して、「私」は期待もしている のだ(Meteor.10:AT.VI,366.25-26)。
また、「私」はもう一つのことを期待している(cf.Meteor.1:AT.VI,231.15)。すなわち、もし 「機会」があって「驚嘆する」ことがあるとすれば、もはやそれはなにも、我々の上方に「見当たる」事物についてではないし、我々の上方から「降りてくる」 事物についてでも「ない」(Meteor.1:AT.VI,231.16-17)。「もっと驚嘆すべきものが地上にある」のであって(ibid.: AT.VI,231.19-20)、その「すべての原因を見いだす仕方」が「同じ」で「ありうることを信ずる」のは、「容易で」あろう(ibid.: AT.VI,231.17-19)。以上のことを、「私」は期待しているのだ。