さくら さくら を へブライ語で解釈する
とても興味深いが、
せっかくの解釈も、このままの状態では、
少なくとも当方には、まだ意味が解らぬ。
また、歌詞のなかには、
「さくら」と「いざや」という2語がそれぞれ重複しているので、
それについても、深読みをしてみたいと思った。
そこで、先程の動画で提示された解釈を、
当方なりに、(言外を想定しながら)咀嚼してみた。
いつ救われたいの?今でしょ!
~「さくら さくら を へブライ語で解釈する」についての、当方による咀嚼~
すでに今、隠れてしまったか、今にも隠れそうなのかはともかく、
唯一の神がいる(=居る/要る)。
未だに迫害されているのは、(屈辱と試練に)耐えている者だ。
今まさに犠牲となって死んでいるのは、籤(くじ)で引かれた者だ。
たった今、(捧げ物と一緒に)取り上げられてしまったのは、
素晴らしき計画、そして神の救いだ。
さあ、今から、神の救いのために、捧げ物を決めよう。
arranged by the SHYNAMITES.
[追記]
この咀嚼結果に至るまでに、当方は様々な咀嚼方法を試した。
ここでは、敢えて歌詞の末尾から冒頭へと咀嚼した結果を、
示しておく。
救われるか、隠れるか?
~「さくら さくら を へブライ語で解釈する」についての、当方による咀嚼(思索/試作版)~
たとえ決まりきった捧げ物でも、神の救いは有るかもしれない。
それほどまでに、じつに、神の救いと計画は素晴らしい。
そこで、もし、捧げ物が取り上げられたり、
籤で引かれた者が犠牲となって死んだり、
(屈辱と試練に)耐えてる者が迫害されたりしたのなら、
きっと唯一の神でさえも、隠れてしまうだろうし、
あるいは、すでに隠れてしまったのかもしれない。
arranged by the SHYNAMITES.