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Geminiの生成物を元にChat GPTと雑談 https://note.com/the_shynamites/n/n2b43fe5d4f83 chart--That's Fusion, Not Confusion. / med. 6.H2- https://note....

2014年7月11日

続・今夜、繋げて見ました(笑)

三重構造が残ったままなので、
どうしても一本にしたい、というのであれば、

1.A101は別にして、
1.A102-A103-A104の順に従って、
三つのブロックをア-ウ-イの順に繋げます。

先頭の1.A101(グループ「ア」のなかの1.A101)と、
末尾の1.A408(グループ「イ」のなかの1.A408)は、
使いますが、
そのほかの1.A101と1.A408は、一本化する場合には、重複しすぎるので、
今回は省きます。



つまり、
ア[1.A101-A102-A106-A107]
+[1.A201-A204-A207-A211-A212]
+[1.A303-A304]
+[1.A401-A403-A407-*A408*]
ウ[*1.A101*-A103-A105-A107]
+[1.A203-A206-A208-A210-A212]
+[1.A302-A304]
+[1.A401-A404-A406-*A408*]
イ[*1.A101*-A104-A107]
+[1.A202-A205-A209-A212]
+[1.A301-A304]
+[1.A401-A402-A405-A408]

=ア[1.A101-A102-A106-A107]
+[1.A201-A204-A207-A211-A212]
+[1.A303-A304]
+[1.A401-A403-A407-]
ウ[-A103-A105-A107]
+[1.A203-A206-A208-A210-A212]
+[1.A302-A304]
+[1.A401-A404-A406-]
イ[-A104-A107]
+[1.A202-A205-A209-A212]
+[1.A301-A304]
+[1.A401-A402-A405-A408]

ということになります。

では、早速行くぜぇ。

この世界で分かち合うなり分かり合うなりされている物事というのは、感じが良いのである。
感じの良さなら(それについては)充分に授かっている、と、各自で思っているかぎりは、習慣づくことは少しもないことなのだが、
せっかく良い感じがしているのに、さらに良い感じになりたがる、ということもある。
(感じの良さという)このことにおいて、どうやら、皆がみずからを欺くかの如くに思い違いをするらしいが、それは真ならず。
判断さえ良ければ、すべての人間は、等しく、自然なのだ(自然で居られるのだ。)
我々が自身で考えを導く際の道筋は、さまざまに異なっていて、
しかも、我々が考察している物事は、同一ではない。
もしここに原理原則がある、とすれば、それは、その気質なり精神なりをうまく応用して適応する、ということだな。
とりわけ、魂がきわめて偉大だと、許容できる美徳も同じく絶大なのだが、
だからといって、直進しないで走っていって、
いざ、他のあらゆる物事で充足させようものなら、
せっかく良い感じがしているのに、さらに良い感じになりたがる。

なるほど、良い感じ、とか道理で、とか、理に適っている、とか称されているものには、力があるが、
そもそも、我々の意見に違いが出てこないのは、
もっぱら同一の物事しか、我々が考察していないからである。
すなわち、まず、持っている気質なり精神なりが良い、ということ。
そして、その気質なり精神なりをうまく応用して適応する、ということだ。

きっと、魂がきわめて偉大であれば、許容できる(範囲な)のだろうが、
強かにゆっくりと歩むことしかない、という人々だって、
常に真っ直ぐな(直線的な、というか、正しく真っ当な)途に沿っているのかもしれないのに、
気難しい連中は、せっかく良い感じがしていても、さらに良い感じになりたがる。
これが立証しているのは、むしろ、
真を偽から区別する(力の)ことであり、
もし一方の連中が他方の連中に比べて理性的だ(理に適っている)、というのであれば、
いくら物事は同一でも、我々のおこなっているのは考察ではない、ということだ。
したがって、もしそれでは充分ではない、というのであれば、
その気質なり精神なりをうまく応用して適応することだな。
とりわけ、魂がきわめて偉大だと、許容できる邪悪さも絶大だから、
"もっとたくさん前進できるはずなのに、真っ当な道からおのずと逸れていく"、なんてこともあるんだよ。

いかがですかね。
案外、滑らかに繋がっているでしょ?
皆さんは、少しは"良い感じ"がしましたか?


これこそ、往年に当方が独自に開発した処理方法なのであります。

開発当初は、『方法叙説』の翻訳と『省察』の翻訳で実験して、
その後、『省察』の原文を処理していたんだけど、
ラテン語や底本との照合で、無駄な時間がかかった挙げ句、
マニアック過ぎて、人様が殆ど寄り付かなかった。
(まともでない輩なら来てたけど)

そんな苦労を経てから、『方法叙説』を処理してみたら、
まぁ楽なこと、まぁ楽しいこと。

無駄な苦労をしたな、と思いつつ、
苦労が実ったのかな、とも思っている。

こんなにあっさり片付くなら、
ほかの仕事や用事とも並行して続けられそうだし、
生活も少しは楽になるのかな。
楽になるといいな。