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2021年5月25日

なぜ、わざわざ古典から引用するのか

他の人の文章から引用すると、

私自身の語彙を増やしながら語れるし、
私が自力では説明できなかったことを、誰からも急かされずに語れるようにもなりました。

《身近に味方が居なくて、
拙くても自分の言動しか頼れない》、という局面が、私には多々、有りましたが、
他者の文から引用しておくことで、少なくとも精神的な支えになりました。

とくにSNSが無かった頃は、もっぱら書籍だけが頼りでしたね。

もちろん、他人の文章から引用するだけなら、
なにも、わざわざ引用元として古典を選ぶ必要はないのです。

では、なぜ、私は敢えて古典から引用するのか。

直近の先祖から自分の心身を護るためです。

https://note.com/the_shynamites/n/n81527f490516

私は元々あまり自由に発言や行動ができないような境遇に居ました。

環境が変わって、少しずつ自由に発言したり行動したりできるようになりましたが、それでも、
私自身の現在までの言動だけでは、
従来の権威や伝統に敗北してしまうことも、充分にあり得ます。

https://note.com/the_shynamites/n/n03547b1079c4

《今は昔と時代が違うから》とか《旧世代の考え方は、もはや通用しない》とかの一言で解消できれば、それで良いけれど、
残念ながら、
《法的には遡って裁けない事柄》や、
《今さら責められないけど、未だに根に持っている事柄》など、
《昔のことだから仕方がない、では済ませられない》ようなことも、私には残っていました。

この類いの、
親世代やいわゆる祖父母世代、曽祖父母世代からの抑圧を切り抜けるにあたっては、
それよりさらに古い時代に典拠を求める必要が、私には有ったのです。

現代の自分と古典の成立した時代とで、
直近の先祖の時代を挟み討ちたかった、
ということです。

また、血縁関係のみならず、
研究の世界でも、
たとえばデカルトについて研究すると云いながら、実際には先達のデカルト研究者の誰々さんについての研究に終始している様子が見受けられます。

もちろん、デカルト研究者の文章からの引用でも、私は語れます。

https://note.com/the_shynamites/n/n8dd1be76ac87

https://note.com/the_shynamites/n/ndf1bb001e810

とはいえ、やはりデカルトが居てこそのデカルト研究なわけですから、
私はデカルトの原典を直に処理することで、
私とデカルトの間に居る人々から、
学恩だけを頂きつつも、そうした中途半端な権威を排除するべく、
挟み討ちたかったのです。

その結果が成功であれ失敗であれ、
早期の決着を試みました。
独りで奮闘してきたので、余計な時間が掛かってしまいましたけど。
ことで、
こうした中途半端な権威も矮小化できます。

古典に頼れども、古典には隷属せぬ。

たとえ古典に対しても、あくまで主導権は私が握っております。

※ 主導権と云えばコレ。古典の引用ではないけど。

『主導権の在処と行方』(La CHENAMITOJ/The SHYNAMITES著、The Mat Mirror publishment、初版2016改訂版2018)
https://a.co/aEGpWSL