学部時代の話。
哲学書を和訳するにあたって、
既存の(従来の)訳をそのまま充てると、
《なぜその訳語を充てたのか》、と教授から問い詰められる。
かといって、別の訳を自分で勝手に作って充てると、
《デタラメな訳語を作るな》、と教授から叱られる。
ネチネチぼやく教授も居れば、
ギャンギャン怒鳴る教授も居たが、
単純に、当方は、とにかく詰問されたり叱られたりするのが嫌だった。
では、どうすれば叱られないか?問い詰められないか?
厳しく導いてきた教授よりも、
更に厳しく己を導いてみた。
その結果が、コレ。
従来の(既存の)訳語よりも、語源に基づき原語に忠実になりさえすれば、
従来の(既存の)訳語から逸脱してもOK。
原語と拙訳語の乖離 ≦ 原語と従来の(既存の)訳語の乖離
なお模索しているうちに、
当方自身は学部から所属を外れて無所属になったが、
この方法による拙訳を読んだことの有る教授からは、訳語の件では、一切、お咎めなし。
むしろ、その後の教授の態度からすると、敵視されていた可能性すら有る。
従来の(既存の)訳語で不服な場合
逸脱A: お咎めなし(語源に近づき、原語に忠実になるのでOK)
逸脱B: 叱られます(語源から遠く、原語から離れてしまう)
距離C: 語源に近い
距離D: 語源から遠い
語源: 例 re (Lat.事物、物、事、物事)
原語: 例 real / reality (Eng.)
当方の訳語: 例 事実の、事実的な / 事実性、事実たること (Jp.)
従来の(既存の)訳語: 例 現実的な / 現実性 (Jp.)