【2】無職時代に研究の成果
非貨幣経済圏(家庭)での忍耐労働、という構造は相変わらず続いていたが、
独学や研究は、苦しみながらも着々と進んだ。
生活も実体験の取材であり、文献調査も追体験の取材であるから、
かなり研究の負荷が架かるが、
成果の精度や独創性には困らない。
当時の当方にとっては、
貴重な気分転換であり、命懸けで唯一の社会進出の方法だった。
学生時代に面識が有って、連絡の取れそうな専門家(教授)に、
畏れつつ拙稿を送った。
それこそ、
漫画家を目指す人が作家の先生に原稿を見てもらってデビューに繋げていくような要領で、
原稿を送った。
先行研究が無い、との旨。
→当方、大いに喜ぶ。
激励と、追加の研究資料をくださった。
しかし、社会進出に繋がる話は一切、無かった。
むしろ、
大学院の進学など、社会での稼働と無関係のことばかり薦められた。
そして、《早く自立すべし》と執拗に言われた。
【研究してないで自立しなさい vs. 自立したいから研究してるんだよ】
どうやら学術研究と無関係の社会に進出するように誘導したかったらしいが、
当方はそれが困難だからこそ、学術研究界を
狙ったのである。
それに、先行研究が無いなら、大学院に行ってる場合ではない。さっさと成果を公開するのを目指すだろう。
結局は、当方に対する嫉妬めいた敵意を、教授が持っていたようである。
送った原稿は返却されないまま、
当方は、研究者として社会進出もできず、出版業界などにも進出できず、
貨幣経済に繋がることは、一切、無かった。
このままだと、
貨幣経済圏内の出来事であるにも拘わらず、
報酬に貨幣を一切、伴わなかった、
ということになる。
なお学術研究界では、未だに当方は無名のままである。研究機関に所属してない故でもある。
《教授にいつ盗作されてもおかしくない》という不安が、当方に付きまとった。
ほかにも、御本人と思しき人からの嫌がらせもされた。
当方の元には、拙稿が冊子体でもう一部、そしてテキストデータも有ったので、
ずっと後の時代になって、
ようやく、拙稿のオンライン公開、電子出版、オンデマンド出版、国会図書館への納本を経て、独立系研究者として国から公認され、今に至るが、
いずれも当方が単独で実行した(かなりの歳月を要したが)。
つまり社会進出という点では、教授は邪魔だった。
【追記】